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2016年4月12日火曜日

ピアノをいくつか

1人1コマずつ5人を相手に、1日中ゼミをする日が終わり、ちょっと一息ついています。


最近購入したCDの一部(笑)です。









ビル・エヴァンスならば、ラスト・トリオが好きな、少数派(ひねくれ者?)の私としては、もう、レパートリーの大半は知っていても、初CD化された録音を購入してしまいます。




山田先生、ついに購入しました(笑) ということで、ブラッド・メルドーの 10 イヤーズ・ソロ・ライブです。やはり素晴らしいです。








最近のお気に入り。ゴー・ゴー・ペンギンです。「アコースティック・エレクトロニカ」を標榜するピアノ・トリオで、そろそろ、こういう音楽が出てきてほしいなあ、と、漠然と感じていたものが見事に形になっているようで、聴いていてとても楽しいです。ちょっと前にその存在に気づいてアルバムを買ったところで、今月初めの来日ライブを逃してしまいました。ちょっと残念です。




明日は、実習校にご挨拶に行った後、立教にコンツェビッチの講演を聞きに行って、その後、こちらのアルバムの楽曲を演奏するコンサートに行く予定です。

2016年3月18日金曜日

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ ”アディオス・ツアー” @豊洲 PIT

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのライ・クーダーのプロデュースによるアルバムが出て、ヴィム・ヴェンダース監督によるドキュメンタリー映画が公開されたのは 1998、99 年頃だったと思います。キューバのハバマ、年老いたミュージシャンが集い、昔の仲間と、小粋に懐かしい音楽を達者に、和やかに、情感豊かに奏でる、その様子が、切々と人生を訴えていました。このように年老いていきたいものだ、と感じずにはいられませんでした。アルバムも映画も大ヒットし、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブは世界中に知られた存在となりました。それから17 年が経つ間に、オリジナルのメンバーのかなりの方々が鬼籍に入られてしまいました。今回、ついに最後のツアーが行われると聞き、せめて一度は生の演奏に触れてみたいと思い、学会終了後、つくばから豊洲までの移動するという慌ただしさにも関わらず、聴きにいくことにしました。

オール・スタンディングのライブは初めてではないかと思います。寄る年波、かつ学会でいくつも講演を聞いてきた後なので、念のため、壁際に陣取り、寄りかかって聴くことにしました(笑)

オープニングからしばらく、ピアノも、男女のボーカルも、オリジナル・メンバーが抜けた後の若い人たちで、どことなく演奏もモダンでした。もちろん、物凄くレベルは高く、これまでの雰囲気を大切にレパートリーを達者に演奏しているのですが、あの、溢れんばかりの切実な情緒や、ノスタルジックな場末感(もちろん、いい意味でですが(笑)) はさすがに醸し出せないよなあ、というような気持ちがどうしても起きてしまいます。オリジナル・メンバーのグアヒリート・ミラバル (tp) は、時々、味わい深い1フレーズを挟むものの、ずっと椅子に座りっぱなしで、さすがにCDで聴いた頃の力強さを期待するのは酷なのでしょう。ラウーを演奏するバルパリート・トーレスが超絶技巧と豊かなフレージングでひとり気を吐いているだけで、やはり、もう、潮時なのかもしれないなあ、と、寂しいことを考えてしまいそうになりました。

何曲か演奏した後に、オマーラ・ポルトゥオンド (vo) が現れて状況が一変しました。登壇したときの足元は不確かでちょっと心配したのですが、力強い、情感豊かな歌声で、ついには、バンドを「あの雰囲気」に染めあげてしまいました。さらに、「さくらさくら」は歌うし(笑)、お客さんのひとりをステージに上げて一緒に踊ろうとするし(笑)、とサービス精神旺盛で、お客さんと共に、このステージを楽しんでいるように見えました。聴衆もヒートアップし、当然、私も、先ほどの不安はどこへやら、いつのまにか夢中になっていました(笑) バルパリートさんの伝説の背面演奏も見ることができ、感激しました。

オマーラさんは途中で一度引っ込んだのですが、終演前に再び登場し、会場が一体になり、クライマックスになだれ込みました。何曲かのアンコールも感動的で、熱狂的にフィナーレを迎えました。

深々とお辞儀をして、オマーラさんがステージを去ってゆきました。これでバンドを締めくくるメンバーの方々にとって、日本での最後のステージが良い思い出になること、これからの日々を穏やかに過ごされることを祈らずにはいられません。

欲を言えば、オリジナル・メンバーのうちに聴きに行きたかった、と、ちょっと残念な気持ちがあるのも否めないのですが、当時の私はこんな贅沢はできなかったのでした(笑) 何とか、最後の最後に間に合い、伝説の終わりの一端だけにでも触れることができたのは、幸せだったと思います。

2016年3月6日日曜日

ビル・エヴァンスに関する本

結局、何のかんの言っても、究極に好きなのはビル・エヴァンスなのかなあ、という気もします。

音楽を聴きながら目が寂しい(?)ときは、本を読んでしまうのですが、関係ない文章を読むとどうしてもそちらに気がいってしまうので、聴いている音楽に関係する本を読むことが多いです。

そんなときに手に取ることの多い、ビル・エヴァンスについての本3冊です。

  「ビル・エヴァンス - ジャズ・ピアニストの肖像」
 (ピーター・ペッティンガー、相川京子訳、水声社)

 「ビル・エヴァンス - ミュージカル・バイオグラフィー」
 (キース・シャドウィック、湯浅恵子訳、シンコー・ミュージック)

 「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」
 (中山康樹、 河出書房新社)



以前は、理屈はいいから音楽を聴けばいいんだ、とばかりにつっぱっていて、この類の本を遠ざけていたのですが、読んでみると、今までさして注意してなかった作品の背景や魅力、意味などがわかり、新鮮な気持ちで聴き直すことができるような気もします。

ということで、今日は、ビル・エヴァンスとジョージ・ラッセルが共演したアルバムを聴いていました。

2016年1月10日日曜日

The GREATGUITARS featuring Martin Taylor, Ulf Wakenius & 渡辺香津美 @ 丸の内コットンクラブ

無駄遣いし過ぎ、などと言っておきながら舌の根も乾かぬうちに新春一発目のライブ鑑賞です(笑)こんな豪華なラインアップのライブがあることに数日前に気づき、慌てて予約しました。何年か前、マーティン・テイラーとウルフ・ワケニウスのデュオのときに行こうか迷って、行かなかったことを後悔したのですが(笑)、それに香津美さんが加わるとなると、これは聴きに行くしかない、という気分になってしまったのでした。

開場少し前に着いたので、比較的早い順番で客席に入ることができ、案内してくれたお店の人に、ステージの近くがいいですよね? どのプレイヤー目当てですか? と聞かれ、実は、全員目当てだったのですが、昨日、何となく、予習としてこのアルバムを聴いたので、ウルフ・ワケニウスです、と答えると、じゃあ、ステージに向かって右側です。一番端の最前列はいかがでしょう? と言われ、その席に座ることにしました。あれ? ワケニウスのファンが少ないのかなあ、と、一瞬思ったのですが、さにあらず(笑)、よく考えてみると、座ってギターを弾く場合、だいたい、右足付近にのせることになるので、トリオで演奏して真ん中付近を見ることになると、向かって右端からでは、ほとんど背を向けられている角度にしかならないのでした。ほぼ2mくらいのところにウルフさんはいたのですが、どのように弾いているかは見えませんでした(笑) 今後、ギターのライブを聴くときは気を付けようと思います(笑)

でも、そんなことはどうでもよく、開演して3人の調子が合いだすと、物凄い、という言葉が空々しくなってしまうくらい、濃密な演奏の連続でした。まずは、3人揃っての演奏が2曲ほど、その後、2人ずつ、全ての組み合わせのデュオで3曲、各々のソロで3曲、そして、最後に3人で演奏、という構成で、スペシャルなセッションなので、レパートリーの大半はスタンダードですし、編曲も凝っているわけではなく、基本的には、誰かがソロをとって誰かがバッキングしてリズムを刻む、ということを交代で行っているだけなのですが、そのやり取りの至るところに尽きせぬ味わいがあります。予定調和に陥る前に、誰かが(主に香津美さんが?(笑))仕掛け、すると、そっちがそう来るならば、こちらはこうしよう、と言わんばかりの、スリリングで親密な音楽的会話が展開し、そのままどこまでも行ってしまうのではないか、という感じでした。今まで聴いたライブの中でも、トップクラスの満足度で、あっという間に時間が終わってしまいました。

このところ、ハード・バップ期からのレジェンドはお亡くなりになるか、お年を召すかされてしまい、若い人たちは、ネクスト・チャプターと称して、ヒップ・ホップや R&B との交合から新しい展開を生み出そうとしている感があり、そちらも新鮮だし楽しく聴いてはいるのですが、オジサンの私にとってついていくのに少々しんどいときもあり(笑)、こうして、改めて、シンプルでオーソドックスなフォーマットで、構えることなく、ギター一本で勝負して、広大な可能性を示している方々の演奏を聴くと、まるで、ミステリやサスペンス、ラノベ由来の小説が溢れる中で滋味深い文学作品に出会ったような(?)安心感を覚えました(笑)

正月早々、本当によいものを聴くことができました。ギターが好きでよかったと思える一夜でした。

2015年11月29日日曜日

日曜の午後のガボール・ザボ

一息ついたときに、何となく、ガボール・ザボのアルバムに手が伸びて、そのまま、次々と聴き続けることになりました。

ピックアップを装備したフォークギターから奏でられる、スチールそのままの硬質な音での、不思議な雰囲気を湛えた独特なヘタウマ(笑)なプレイは、ゆるくてポップなのに一癖あってBGMだけでは終わらない、盟友ゲイリー・マクファーソンが編曲したスカイ・レーベルでの作品が、それ以前のインパルスでのオーソドックスなジャズや、その後のCTI でのどフュージョン(笑)などよりフィットしているように思います。マクファーソンの早逝により、レーベルが続かなくなってしまったのが惜しまれます。

2015年11月19日木曜日

分裂し過ぎ

最近購入したCD 達です。

ジェリー・ロール・モートン。ジャズ創世記の偉大な作曲家・プレイヤーです。以前に、このアルバムを聴いて以来、気になっていて,購入してみたらやはり良く、このところ結構聴いています。スペイン音楽からの影響が親しみやすく、 私にとっては、なぜか、エリントンやベイシーあたりよりも新鮮な感じもします。1920 年代から 30 年代にかけての録音なのですが、デジタル処理のおかげか、思ったよりも聴きやすいのも嬉しいところです。



ハービー・ニコルズ。「孤高の異端児」的な扱いに恐れをなしていたのですが(笑)、少し前に初めて聴いてみたら普通に気に入って、それからはときどき、CDプレイヤーのトレイに乗っています。確かに、奇妙なところや大胆なところもあるのですが、そういうアクも、いい味わいに聴こえます。




ジョン・ハッセルとブライアン・イーノのアルバムです。ジョン・ハッセルは「第4世界」という、エスニックとエレクトロニクスを融合したコンセプト(?)を提唱し、後の、ニルス・ペッター・モルヴェルあたりのフューチャー・ジャズに大きな影響を与えた人なのだそうです。ブライアン・イーノとのコラボレイションも何作かあり、イーノのジャズっぽいアルバムと共に聴いています。


スナーキー・パピー。この前のブルーノート・ジャズ・フェスティバル・イン・ジャパンのときのステージがめちゃくちゃカッコよかったので、それ以来、聴くようになりました。もう1作、最新のこのアルバムも買ったのですが、現在、研究室でヘビー・ローテーションされています(笑) 以前は、クラブ・ジャズ、の、「ジャズ」は、いかにもなファンキーなムードが漂っていればよい、ということで、即興も面白くないし、リズムだって複雑なら踊れないから一本調子なんでしょ、聴く分にはつまらないよねえ、という先入観を持っていたのですが(笑)、フェスでのこのグループのステージは、多彩に変化する変拍子やポリリズムをがんがんぶち込んでそれでもグルーブし続けるし、ぶっ飛んだインプロビゼーションも次々に繰り出されて、それによって聴衆もヒートアップするし、ということで、ダンス・ミュージックもこうなってるんだ、と、認識を新たにしたのでした。

・・・ と、最近のお気に入りを並べてみたら、余りの統一感のなさに、我ながら呆れてしまいます(笑)

2015年9月6日日曜日

The 14 th Tokyo Jazz Festival "Infinity"@東京国際フォーラム


 本日9月6日の東京ジャズの"Infinity" と題された昼の部を聴いてきました。
 
会場の東京国際フォーラムに到着したのが、希望者参加型(?)ステージの「朝ジャズ・ワークショップ」が外の広場で開かれていた時刻で、日野皓正さんと大西順子さんが飛び入りするところでした。




今回、ようやく「S 席」のチケットを取ったものの 、「S」とは「辛うじて1階席」ということで、広大なAホールの後ろから数列目、下手をすると、2階席の前のほうがステージに直線距離では近いのではないか(笑)というくらいのところでした。持参したオペラグラスが、疎外感を克服するのに大いに役立ちました(笑)

3グループの演奏でした。素人の感想とともに(笑)

エリ・デジブリ・カルテット feauturing アヴィシャイ・コーエン with Special Guest 山中 千尋
: リーダーのエリ・デジブリ (ts) は、最近、台頭著しいイスラエル・ジャズの一翼を担う一員で、バークレー留学後、大物ミュージシャンとの共演を重ね、メジャーデビューをし、世界的に活躍している人だそうです。カルテットのみの演奏でスタートしたときのオリジナルのナンバーは、フォーキーで清澄な曲調でも、リズムやコードが複雑なので環境音楽にはならない、というような感じで、私が勝手に持っている先入観かもしれませんが、イスラエルのジャズらしい印象を受けました。そろそろ、この雰囲気だけでは単調になるかなあ、という頃に、アヴィシャイ・コーエン(tp、本番まで、b のほうのアヴィシャイ・コーエンかと思っていて、始まったとき、ベーシストを見て、あれ?と思ってしまいました(笑)) が登場して、違った雰囲気が加わり、今度は、ちょっとヒリヒリしてきたかなあ、というところで、山中千尋さんが登場して潤いと余裕が加わる(笑)、というように、ゲストの登場の仕方が効果的でした。後半になるにしたがって、リーダーの影が薄くなってしまったきらいはありますが、それでも、熱演が繰り広げられて、充実したステージでした。


日野皓正&ラリー・カールトン SUPER BAND feauturing 大西順子、ジョン・パティトゥイッチ、カリーム・リギンス: ジャズやフュージョンをご存知の方なら、このメンバーをご覧になって、豪華さに驚くとともに、こんなに無茶苦茶に方向性が違う人たちが集まってうまくいくのか? と思うのではないでしょうか。オーソドックスなジャズだけでなく、フュージョンやヒップ・ホップも射程に入れた演奏ができる日野さんですが、日野さんのフュージョンとラリー・カールトンのフュージョンはちょっと違うし、ましてや、シリアスなジャズがメインで、ここしばらくは活動停止をしていた大西順子さんが加わってどうなるのか、全然予測ができず、正直言って、期待3割、不安7割(笑)といったところでした。

ところが、結論から言うと、感動的といってよいほどのステージでした。

その原動力となったのは、異質な組み合わせでも、この状況を楽しんで、充実させてみせる、と思い、大西さんが引退状態であっても、そんなことはどうでもいいから、オレは大西順子と共演したいんだ、と、いうようにみえる、日野さんの貪欲といっていいくらいの前向きさ、純粋かつ、我儘一歩手前というくらいの強い意志だったように見えました。

みんなが楽できない感じで、ラリー・カールトンも、彼一流の手堅く格好良い予定調和的フュージョン(は言い過ぎですか(笑)) ばかりをやるわけにはいかず、曲によってはアコースティック・ピアノとウッド・ベースをバックにフォービートのアドリブをすることになったり、大西さんは大半の曲ではエレピを弾いていたりします。でも、そのいつもと違うことを楽しんでいたようでした。

軽快なフュージョンが続いた後、やおら、日野さんのラップ(?)で "Never Forget 3・11" と始まって、メッセージ色が強いナンバーになったり、多彩なラインアップですが、その中でも、それぞれの見せ場ではさすがというところを見せていました。カールトンは彼にしか出せない粋なフレーズを連発し、日野さんのトランペットは彼の肉声と化し、大西さんもブランクを感じさせず凄まじく構造的なインプロビゼーションを披露していました。フロントが個性的すぎたせいか(笑)、ジョン・パテトゥイッチのベースをじっくり聴く機会が少なかったのがちょっと残念でしたが。

このステージで最も関心がもたれていたのは、もしかすると、日野、カールトンの共演というよりも、大西順子さんの復帰だったのかもしれません。大西さんのアルバムをあまり注意して聞いたりしたことはないのですが、6年ほど前の、やはり東京ジャズでのトリオの演奏のことは鮮明に覚えています。30〰40 分くらいの持ち時間をほぼまるまる使い、フェスティバル的要素の全くない(笑)、延々と密度の濃いインプロビゼーションを繰り広げていて、それにちょっと驚きながらも、ジャズに対して真剣な方なんだなあ、という印象を持ちました。これだけの才能のある方なので、皆、彼女には夢中になって肩入れしているようです。村上春樹さんもずっと以前からファンを称しています。その村上さんに連れられて小澤征爾さんがライブを聴きに行ったときに大西さんが活動休止宣言をしたらしく、それに小澤さんが反対してサイトウ・キネン・オーケストラで、ラプソティ・イン・ブルーを演奏するときのピアノを担当することになったこともあったそうです。今回も、こうして、声がかかったわけですし、村上さんは、大西さんについてフェスティバルのプログラムに特別に寄稿したりしています。その文章によると、大西さんが引退してビル清掃のお仕事についているのはソニー・ロリンズに倣ったものだそうです。ロリンズと同じということは、音楽をやめるのではなく、いつの日か納得した形で音楽をするための修養ということになります。今回の出演がコンスタントな活動の再開となるのかはよくわかりませんが、これだけ支持されている彼女が忘れられるということはないでしょうから、ご自身で納得して音楽する決意をされれば、演奏に触れる機会はできると思いますので、そのときを気長に待とうと思います。もちろん、早いに越したことはないですが(笑)


ハービー・ハンコック&ウェインショーター: 前のステージがとてもよかったので、あとはこの安定のお二人に大団円の感動を与えていただいて、気持ちよく今日のコンサートを聴き終われる、と、ほぼ確信していたのですが、案に相違して、少なくとも私にとっては、そして、おそらく、大半の聴衆にとっても、外れになってしまいました。ハンコックが、アコーステイック・ピアノと、サンプルされた音が入っているエレクトリック・キーボードでラインを提示し、その上に、ショーターがソプラノとテナーで音を重ねるような形で始まりましたが、いつもならば、とりとめないフレーズを連発しているようでも、そのうちにとんでもないところに連れて行ってくれるショーターさんが、単にとりとめのないままにしか聴こえず、ハンコックさんも、もちろん、集中はしていたのだと思いますが、淡々と、ピアノを弾き、キーボードを弾き、と変化を付け加えようとしても、大筋ではずっと一本調子に見えてしまい、目を見張る、というか、はっと聴き入るような展開がほとんど感じられませんでした。今回の「居眠りしている聴衆の数」、「途中退席者数」は、私がこれまでに行ったライブの中でも、ダントツでトップだったと思います。最後のアナウンスで、ジャズの多面性を感じてください、というような、尋常な挨拶をしたハンコックさんに続いて、ショーターさんが、相変わらず謎め いて(笑)、"Never Give Up" と一言だけ言ってステージを去ってゆき、それは、自分はあきらめずに挑戦し続ける、ということなのかなあ、と、最初は思ったのですが、ひょっとする と、お前らあきらめないで俺達の演奏を真剣に聴けよ、ということだったのかもしれません(笑) とすると、彼ら同士には通じる微妙で高尚な音楽的会話をし ていたのかもしれませんが、少なくとも、ほとんどの聴衆には伝わらなかったことは確かなようです。セットの終了直後、さっさと立ち始めた聴衆によって、弱々しいアンコールの拍手は数十秒もしないうちにかき消され、演奏はおろかカーテンコールすらありませんでした。


17:00 過ぎから、中央の広場で、カート・ローゼンヴィンケルのギター・ワークショップがあるらしいので、昼の部終了後、1時間ほど時間をつぶそうとしたのですが、ホールの飲食店は長蛇の列で、周囲を歩いてみると、元来はオフィス街なので休日はほとんどの喫茶店が休みでした。そのうち、折から、豪雨になってきたので、これで野外のイベントはきついかなあ、と思い、そのまま、地下道を通って日比谷駅に出て、帰宅することにしました。

2015年8月31日月曜日

ぼっとできなかった8月

半月ほど更新が途絶えてしまいました。

結局、以前に書いたような感じで8月が終わりました。28 日にすべての予定が終わるつもりで、9月の初めに何日か実家に行こうと思っていたのですが、その用件がぐだぐだと 9 月 2 日に持ち越されることになり、そのためにそれまで作業しなければならないこともできたので帰省もしないままです。電車で2時間のところに住んでも、千葉に行く頻度は弘前に居た頃と大して変わっていないようです(笑) これで、来週あたりから、担当になっている中・高の教育実習の授業参観がぼつぼつと入って、秋学期が始まることになりそうです。

当面の希望は、来週、東京JAZZで、ウェイン・ショーターとハービー・ハンコックのデュオを聴くことと、9月末、横浜のブルーノート・ジャズ・フェスティバルでパット・メセニーを聴くことくらいです(笑)

まあ、それくらいあれば十分ではないか、と言われればそれまでなのですが(笑)

オーバーヒートもしていないことからわかるように(笑)、寝る暇もないくらい毎日が猛烈に忙しい、という感じではないのですが、今まで、夏の間は、どんなに忙しくても、どこかで4,5日間まったく予定が無くてひたすらぼっとすることができる日があったのに、今年は、平均的に数日おきに予定が入り、その合間に仕事をしなければならかったので、神経が微妙に緊張して硬直しっぱなしのまま、秋に入ることになってしまったようです。学期初めの集中力に影響が出ないとよいのですが。

今日もちょっとした用事で大学に行きました。最近は涼しいので、帰りは、元荒川沿いを歩いて帰りました。夏の終わりなので、その間の脳内BGMは恒例のこちらです。

2015年7月8日水曜日

自分自身であること

菊地雅章さんがお亡くなりになったという記事が目に入りました。ここのところ、ご病気だったという情報も以前に見たような気がするのですが、ご回復することがかなわなかったのは残念です。

以前、世界一のジャズ・ピアニストは、キースでも、ハービーでも、チックでもなく、菊地さんだ、と、書いたくらい、凄い方だと思っていました。 一説によると、ご本人はその出来に不満なのではと報じられたりもしたのですが、数年前に、ECMからアルバムが出たことで(そういえば、ECM のサイトにも追悼記事が出ていました)、ついに日本以外の幅広いジャズ・ファンにもその素晴らしい音楽が広まるか、と、いう期待もちょっとはあったのですが・・・。

個人的に、一番印象に残っているのは、LOVE SONG というアルバムで、最初に、1曲目の "In Love in Vain" を聴いたとき、凍り付いたように固まってしまいました、粋な小唄、という感じでリズミカルに演奏がされることの多い(例えば、キース・ジャレットの演奏はこちらです)スタンダードの一音一音に、凄まじい集中力で高密度で硬質な哀感が込められ、手馴れたところの全くない別の曲になってしまったことに言葉を失い、恥ずかしながら、いつの間にか涙があふれ出ていました。

ジャズの本場のNYでも、不器用で、愚直なまでに自分自身であり続け、他の誰にもできない本物の音楽を作り続けたことに深い深い敬意を表して、心からご冥福をお祈りしたいと思います。

一度は生で聴いてみたかったです。

2015年5月9日土曜日

南米コンテンポラリー・ギターの2作品

GW は、使い終わったパソコンを荷造りしてメーカーに回収の申し込みをして、教員採用試験を控えた4年のゼミの学生さんたちの志望動機の文章を添削して、卒業研究に使う小学校と中学校の教科書を買いに行って、後は、実家に1泊して、と過ごしました。楽しみにしていた割には細々と動き回っているうちに終わってしまいました。

それでも、気候もよくなってきたことだし、と、自宅にいるときは、ナイロン弦ギターの2つの作品をかわるがわるにかけ、 爽やかな気分を盛り上げています。

まずは、このアルバムです。キケ・シネシは、クラシックでもジャズでもないし、民族音楽というにはアクがないし、清澄だからといってヒーリング・ミュージックというには知的で芯があって、おそらく、アルゼンチンのタンゴやフォロクローレの伝統も引き継いでいて、という感じで、分類が難しいようです。この前、CDショップのアンビエントのコーナーにあるのを見かけて驚いたことがあります(笑) アルバムのライナー・ノーツを見ると、キャリアの最初の頃にディノ・サルーシのグループにいたとのことで、言われてみると、音楽的なスタンスは似ているような気もします。クラシックのギタリストが演奏する現代的なポピュラー・ギターのレパートリーにもなっているようで、大萩康司さんや、Zsofia Boros のアルバムなどで演奏されたりもしています。

何度か来日しているようで、この2枚組のアルバムのうちの1枚は、2012 年に訪れた、姫路、名古屋、山形、東京、岡山、福岡、京都の印象をまとめた組曲だそうです。といっても、特に、日本的な情緒を無理やり織り交ぜようとするところもなく、いつもの清澄かつ知的な一方で躍動的、といったスタイルが心地よい作品になっています。

この文を書きながら、何気なくネットを検索してわかったのですが、昨年も来日していて、そのときは弘前でもコンサートをしたようですね。 1年違いでチャンスがかみ合わなかったようです(笑) 私が住んでいた8年間は、こういう演奏が弘前であったことはなかったような気がするのですが。

単に、引きこもっていたので情報が伝わらなかっただけかもしれませんが(笑)

2枚組のもう1枚は、身近なひとや、リスペクトする音楽家に捧げた曲集で、ジム・ホール、パコ・デ・ルシア、エルムート・パスコアールの名前があるあたり、今更ながら、奏者の幅広い音楽性がうかがえます。

もうひとつの作品は、こちらです。 もはや、ヤマンドゥ・コスタは、「驚異の天才少年」でも、「ブラジル・ギターの新星」でも、「未来の巨匠」でもなく、歴史的な大家と肩を並べつつあるのだなあ、と、今更ながら思い知りました。 彼ともう一人のギターにバンドリンとアコーディオンという編成で、、レパートリーは彼自身の作曲が半数を占めるまっとうなショーロで、奇を衒うわけでも、ことさらに壮絶なテクニックを披露しているわけでもないのですが、存在感があり、風格すら漂う演奏です。

印象深いのは、ピシンギーニャ、エルネスト・ナザレー、アナクレイト・ディ・メディロス、シキーニャ・ゴンザーガというブラジル音楽の伝説的な音楽家に捧げた楽曲からなる、ハダメス・ニャタリ作曲の「肖像」という組曲を、名曲に気負うことも気後れすることもなく、悠々と演奏していることでした。

この曲に関しては、おそらくニャタリ自身が監修したと思われる、ジョエル・ナシメント、ルシアナとハファエルのハベーロ姉弟、マウリシオ・カリーリョというような、後のショーロを担う逸材の若かりし頃の演奏を収録したアルバムを持っていて、正直、そちらのほうがやや好きかなあ、という気もしないでもないのですが(笑)、 それでも、その演奏にすら十分に肩を並べる、と、言ってよいクオリティであることは間違いないようです。

物凄く大ざっぱに言うと、ここ数十年に現れたブラジルのスーパーギタリストは、まず、バーデン・パウエル、次の世代がハファエル・ハベーロ、その次の世代がヤマンドゥ・コスタということになるのではないかと思います。個人的に好きなギタリストだったハファエル・ハベーロが、悲劇的な夭折を遂げてしまったために十分に得ることができなかった「成熟」を、ヤマンドゥ・コスタが手に入れようとしている様子がうかがえ、頼もしく思う反面、ちょっぴり悔しくも感じて、複雑な気持ちではあります(笑)

2015年4月6日月曜日

春の川原

再び、大学の近くの元荒川の岸辺の桜です。









散った花びらが、まるで雪のように地面を覆っています。










あだに散る梢の花をながむれば庭には消えぬ雪ぞつもれる








まるで、新しい季節に自転車に乗った君を追いかけたくなるような川原の道です(笑)








ということで、ふと、この曲を思い出しました。ごくたまにオジサン連中でカラオケになったときなど、21 世紀の曲を歌いだす者がいると、おお、と、ざわめきが起きる(笑)というくらいの惨状なので、十分新しいつもりでいたのですが、発売されてから 20 年になるのですね。その頃もジャズやブラジル音楽ばかり聴いていたのですが、ふと、街で流れていたこの曲は妙に新鮮で、もしかしたら日本語の歌も変わっていくのかなあ、と、思ったことを覚えています。 今、聴いても瑞々しいのは、単に私がそれより新しい J-POP ? をほとんど知らないからというだけではないと思いますが。

2015年4月1日水曜日

The April Fools

今年度の数学専修の1年生は7割が女子で、男子は3割だけです、

・・・ というのは、エイプリル・フールにどうかなあ、と、思っていたのですが、使用する機会もなく終わってしまいました(笑)

エイプリル・フールで思い出すのは、この演奏です。たぶん、アール・クルーを聴くようになった中学生くらいのときに出会ったのだと思います。当時は知らなかったのですが、原曲は、作曲はバート・バカラック、作詞はハル・デヴィットで、ディオンヌ・ワーウィックが歌っている、という、名曲でないわけがないラインアップです(笑)

今、ネットを眺めて知ったのですが、高橋幸宏さんのカバーもいいですね。

2014年12月24日水曜日

The Christmas Song

昨日、頭痛が治りかけてきた、と書いたのはどうやら間違いだったらしく、朝起きたら、さらにひどくなっていて、ちょっと熱もあるようなので、またもや休養日になってしまいました。そういうわけで、年賀状がさらに先送りになってしまい、いよいよ、元旦に届くか微妙になってしまいました。関係者の皆様、ご容赦いただけましたら幸いです(笑)

日中の大半を布団の中で過ごすことになり、こちらに移ってから初めての、おひとりさまのイブ(笑)にのんびりすることが出来なくなってしまいました。 こちらでは以前からそういうのか、今年はやりはじめたのか、クリぼっち(=クリスマスひとりぼっち?)なる言葉が流通していて、学生さん達がときどき、今年はクリぼっちだー、とか、嘆いているのを見ていたので、いや、固定観念を捨てれば、もしくは、現実を直視しなければ(笑)、 46 歳でクリぼっちでもこんなに楽しいんだけど、という実例の存在を証明したい気分になってはいたのですが(笑)

食材の買出しにはいかないわけにはいかず、夕刻、少し落ち着いたようなので、出かけてみると、元気だったらなかなか気持ちがよかったろうなあ、というさわやかに晴れ渡った天気で、少し前にオープンした駅中のショッピングセンターも人で賑わっていました。少しはクリスマスらしいこともしようかと、小さいケーキを買う気になったのが失敗で、長い行列に加わって、なおさら頭痛を増やすことになってしまいました(笑)

帰途、そういえば、去年のこの日は、試験をした後、雪の中、ケーキやらローストレッグやらを買って帰ったっけなあ、試験を受けていた学生さん達もあと3ヶ月で卒業なのだろうなあ、と、思い出したりしました。

夕食を終えた後、紅茶を入れてケーキを食べながら、こちらも例年通りのこのCDをかけています。ナイロン弦ギターのソロ演奏なので、頭痛にもやさしく、しみじみと聴くことができます(笑) 

"The Christmas Song" は、パキートさんがゲストだった小曽根真さんのクリスマス・ライブのアンコールでも演奏された曲で、あの素晴らしいプレイを思い出すと、まあ、ああやって先にいろいろ楽しんでしまったのだから、いいことばかりはないかなあ、体調を崩すくらいはしょうがないか、と、思ったりもしました。最近ようやく気づいたのですが、この曲、メル・トーメの作詞なのですね。

このアルバムについて、何年か前に書いたことがあるのですが、そのときに感じたことは今も変わらないようです。以前、大学院生のとき、院生室でこれを聴きながら仕事をしていると、小さいときに聖歌隊にいたことがあるという先輩が通りかかって、合わせて口ずさんでいたことを思い出しました。

最近、トシをとったせいか(笑)、ちょっとしたことにかこつけて、細々としたことを思い出すようになっているのですが、そうして、色々な方々との縁があったから、今の自分にたどり着いているのだろうなあ、と、思ったりします。

私と関わりのある皆様方、そして、このブログをご覧の皆様方が、よいクリスマスを過ごせますよう。

明日こそ年賀状に着手できるよう、(青森にはフジ系列のテレビ局がなかったので(笑)) 8年ぶりの「明石屋サンタ」も見ないで寝ることにします。

これだけしつこくブログを書くことができたので、もう大丈夫だと思いますが・・・(笑)

2014年12月11日木曜日

Proof !!

1コマ目が3年のゼミで、朝っぱらから記号論理で幕が開きました。午後からは4年生のゼミで、一人目の学生さんは量と数の理論、二人目は石とりゲームの数理についての発表でした。

合間の昼休みに、線形代数学の来週の試験の範囲である行列式の計算で、以前、練習用に出題しておいた問題について質問があり、何気なく解いてみせようとしたら出題者自身があちこちでつまずいてしまい(汗)、実はけっこう難しかったことが判明したので、ゼミが終わってからホームページに載せた解説に加筆をしていました。

この前に何気なく聴いたら改めて感動してしまい、またもや、ポール・サイモンを聴き返していて、ゼミの合間に一人で仕事をするときに、研究室で、"The Rhythm of the Saints" をかけ、

♪ But proof, yes
    Proof is the bottom line for everyone

と口ずさんでいました(笑)

そういえば、この曲の PV で、ポール・サイモンやチェヴィ・チェイスたちが踊る、M.C. ハマーのパロディのダンスが可笑しかったのですが、今、M.C.ハマーといっても、若い人たちには通じないのでしょうね(笑) 

2014年10月5日日曜日

パキート・デリベラ&トリオ・コヘンテ@ブルーノート東京

台風が接近するとは思いも寄らず、1月ほど前に予約をしてしまいました(笑) おまけに、古すぎてもはや入手できない携帯電話のバッテリーがついに使えなくなったので、今日は豪雨のなか、東京をあるきまわることになってしまったのですが、こちらはまた別の話ということで・・・。

昨年レコーディングしたこのアルバムで、ラテン・ジャズ部門のグラミー賞を取ったコンビの来日です。キューバン・ジャズの伝説的な名グループ、イラケレからそのキャリアをはじめ、全米進出した後も第一人者として活躍するラテン・ジャズの重鎮であるパキート・デリベラと、若手から中堅どころ、といった新進のブラジリアン・ジャズのトリオの組合せが、新鮮なだけにとどまらない深い音楽性を持っていたので、機会があればぜひ聴きたいと思っていたところだったのでした。

トリオのみの演奏で幕が開きました。ブラジルといっても、ボサノバであるとか、ミナス系とか、MPB
系といった、何か典型的なジャンルに属しているという感じではなく、コンテンポラリーなジャズのメロディーやハーモニーとブラジルの複雑なリズムをスマートにこなす洗練されたグループといった印象です。

非常に達者でセンスもよい演奏なのですが、最初はさすがに手探り状態なうえ、圧倒的に強力な個性がある、という感じではなく、贅沢をいうとちょっと薄いかなあ、という気もちらっとしたのですが、次の曲でパキート御大が登場すると、すぐにその圧倒的な存在感でステージが盛り上がりました。

躍動感にあふれた溌剌とした演奏で、随所に特有の律動を含んだうねりが感じられました。ラテンアメリカ音楽のなかで、キューバとブラジルは両巨頭とも言うべき存在なので、それぞれ特徴があってノリが違うところもあるのですが、パキートの器の大きさ、懐の深さと、トリオの技術の高さ、感性の柔軟さがあいまって、素晴らしい演奏になっていました。

とにかくパキートさんは茶目っ気たっぷりでした。聴いたのが、2日間の公演の一番最初のセットだったこともあり、小さなハプニングもあったのですが、全て明るい方向に変えてしまいます。彼のサックスはベルのふちからアームで固定した小さなマイクで音を拾うようになっていたのですが、アドリブの途中でそれが落ちてしまったとき、アドリブのフレーズを歌いながら拾って取り付けなおしたりしました。音楽の流れを乱すことなく、そういうことを気軽に行うあたり、さすがにラテン系だなあ、と感心しました。

お客さんにも、声を上げたり、メロディーを合唱するよう要求したりします。師であるディジー・ガレスピーに捧げた "I remember Diz" というバラードのエンディングをカデンツっぽく演奏しているうちに、「ソルト・ピーナツ」のフレーズを折りこみ、観客に、例の掛け声を促していました。てっきり、その場の思いつきでやっているかと思っていたら、すかさず、引き続いて、「チェニジアの夜」に入ったので、気楽にやっているようでいて、実はいろいろ段取りを考えていたのかもしれません。

その間も御大のサックスは躍動し、クラリネットはよく歌い、バックのトリオも次々に妙技を繰り出し、一体になった熱演を繰り広げるようになりました。もちろん、会場も大盛り上がりで、私も、外が豪雨であることなどすっかり忘れ(笑)、とても幸せな時間を過ごすことができました。

大好きなピシンギーニャの「1×0」がアンコールで演奏されたのも、嬉しいことでした。

実は、パキートさんと、この前の東京ジャズでじっくり聴けなかったのが欲求不満気味だった小曽根真さんが、12月に共演するコンサートも予約しています。パキートさんも小曽根さんも1度は聴いた後になるわけだし、それでも聴きにいくか迷った挙句にチケットを買ったのですが、今日の演奏を聴いたら、俄然、楽しみになってきました(笑)

2014年9月12日金曜日

カルテット・レジェンド@ブルーノート東京

ファースト・セットを聴くために、17:00 過ぎに大学を出て、店についたのが 18:30 頃でした。早めに入場できたときは通路側の席に案内してもらえるのですが、この時間だと、両側、人に挟まれるところになってしまいます。その片側で、バブリーなおじさまが同行の女性にジャズの薀蓄を語っていて、その必死さで落ち着かない気分になってしまいました(笑)

カルテット・レジェンドは、ベニー・ゴルソン (ts) 、ケニー・バロン (p) 、ロン・カーター(b)、レニー・ホワイト(dr)というオールスター・セッションで、先週の東京JAZZで聞き逃したので、聴いてみようかと思ったのでした。

レジェンドの筆頭は、やはり、ベニー・ゴルソンでしょう。ハード・バップの名演に数多く参加しているだけでなく、作った名曲は数知れず、という感じで、今日も、そのうちのどれが聴けるだろう、というのは楽しみのひとつでした。

早速、幕開けから "Stable Mates" で、これは、ゴルソンがマイルス・デイビスと知り合うきっかけとなった懐かしい曲だそうです。

さすがに、アルバムで聴いていたような、かつての、ゴリゴリと荒れ狂うアップテンポでの演奏や、サブトーンを聴かせたビタースイートなバラードを成り立たせていた、力強い、太い低音はあまりみられませんでしたが、御年 85 歳の彼にそれを要求するのは酷なのでしょう(単に、そのとき調子が悪かっただけかもしれません)。使える音で、確かに、きちんと曲の雰囲気を作り上げていました。この前のルー・ドナルドソンがあまりにもよかったので、過度な期待をしてしまったのかもかもしれません。

作曲・演奏の才だけではなく、気がきいて、面倒見がよい人なのだそうです。ときどき、思い出話を挟みながらの丁寧なMCも珍しかったですし、聴衆に対しては、とても折り目正しく、誠実に、それでいてユーモアを忘れずに接していました。たぶん、彼の作った名曲だけでも、優に1ステージはできるのでしょうが、他のメンバーのオリジナルも1曲ずつ入れ、さらに全員の見せ場を設定するなど、共演者への気配りも感じられました。

こういう流れで統一されていれば、ちょっとノスタルジックで枯れていても、しみじみと歴史を感じさせる味わい深いステージになったのでしょうが、レニー・ホワイトのドラムが何となくちぐはぐに思えてなりませんでした。そう思ったのは私だけかもしれませんが、一方的に大音量で手数が多く、特に、ステージの前半では、設定したパターンをうるさく叩いて周囲の流れとかみ合っていないような印象を受けました。彼独特のスタイルなのか、さすがに大先輩ばかりで緊張していたのか、その前の大ホールの演奏から切り替えられなかったのか、調子が悪くて細かいコントロールがきかなかったのか、と、いろいろと考えてしまいました。途中、彼のオリジナルをカルテットで演奏したあたりから、大音量は相変わらずでも、周囲とすこしずつ馴染んできたようでしたが、

割を食ってしまった感があったのがケニー・バロンだったといえるかもしれません。 "Someday My Prince Will Come" を、テナー抜きのトリオで演奏して、ピアノの見せ場だったと思うのですが、そのときもドラムの音がうるさく、それに対し、ピアニストのほうは淡々とマイペースで対決姿勢になるという人ではなさそうで(笑)、トレードマークの、珠の転がるような玲瓏な響きが掻き消されていたような印象がありました。実は、今回、彼のピアノを楽しみにしていたので、あのドラムの音をどけてもらえたら、と、ちょっと意地悪なことを考えてしまったくらいでした。

最も気を吐いていたのは ロン・カーターだったように思います。バッキングは相変わらずの安定感でしたし、ベースソロで演奏した "You are My Sunshine"  は、インプロヴィゼーションの途中にバッハの無伴奏チェロ組曲を織り交ぜたりして、まさに圧巻でした。

後半になればなるほどまとまりがよくなってきたので、セカンド・セットはもっとよい感じだったのかもしれません。

いろいろ否定的なことも書いてしまいましたが(笑)、それでも、ラストの "Whisper Not" や、アンコールの "Blues March" を、作曲した本人の、しかも、こんなに豪華なメンバーと一緒の演奏で聴けたのは、やはり贅沢な気分でした。

2014年9月6日土曜日

The 13 th Tokyo Jazz Festival "The Jazz Power" @ 東京国際フォーラム


東京ジャズフェスティバルの、今日9月6日の "The Jazz Power" と題された昼の部を聴いてきました。本当は7日の "This is Jazz" と題された、ベニー・ゴルソン (ts)、ケニー・バロン(p) 、ロン・カーター(b) らの "Quartet Legend" や、ハービー・ハンコックらが参加する昼の部を聴きたかったのですが、チケット発売日、朝から講義で、帰宅後にネットで調べたらもう売り切れていました(笑) 他のプログラムの中では、小曽根さんは聴きたかったので、このセクションのチケットを買うことにしたのでした。それでもすでにS 席は売り切れで、2階席であるA席しか残っていませんでした。これだけのホールが埋まる、というのは、ジャズもなかなかの人気なのかなあ、と、ちょっと意外でした。

最近、ライブハウスや小さなホールでしかコンサートを聴いていなかったので、2階席の疎外感(笑)の記憶が薄れていたのか、オペラグラスを忘れていました。席に着いたら、ステージは遥か遠くで、実際のプレイヤーは豆粒くらいしか見えず、どうしても、大写しのモニターを見ることになりますし、音もPAを通した音なので、、ほとんどテレビの生中継と変わらないのではないか、と思わなくもなかったのですが(笑)

それでも、5年ぶりの東京ジャズはなかなか楽しかったです。参加グループは以下の通りでした。素人の感想とともに(笑)

JAGA JAZZIST 初めてその名を聞いたのですが、ノルウェーでは有名なグループだそうです。ノルウェー、ということから想像つくように(?)、フューチャー・ジャズっぽいサウンドで、ドラムが時折変拍子を挟みながら叩き出す複雑で鋭いグループのうえで、多楽器奏者の集団がブラス、ホーン、ギター、ヴァイブ、キーボードなどの音を、余りソロが多くない、基本的には複数の楽器でマッシブに重ねていく、という感じだったように思います。最初、これはちょっと厳しいかなあ、という不安がよぎったのですが(笑)、しばらく聴いていると、何となく馴染んできました。しかし、2階席から眺めていると、どうしても距離が出てしまうので、やはりこういう音楽は同じ平面で演奏されていないと入り込めないなあ、と苦笑しました(笑)

ミシェル・カミロ×上原ひろみご存知の方はご存知なようなお二人なので(笑)、当初、どうせバカテク見せびらかし早弾き合戦なんだろ、と、はじめは、正直言って斜に構えていたのですが、案に相違して、結構エキサイトしてしまいました(笑) 単なるテクニックの羅列、ということではなく、確かな熱さがありました。最初は可愛い女性をエスコートするおじさま風だった(笑)ミシェル・カミロですが、演奏が白熱するにしたがって、段々楽させてもらえないようになってきて、上原ひろみさんががんがん仕掛けるのに、受け太刀気味だったんじゃないか、というくらいのときもありました。今さらですが、ミシェル・カミロをそこまで本気にさせる上原さんはやはり凄いんだなあ、と、改めて感じました。

ランディー・ブレッカー、マイク・スターン、小曽根 真ブレッカーとスターンはだいたい想像通りの感じでした、といっても、決して悪い意味ではなく、期待していたプレイを期待通りに演奏していて、十分彼ららしさを発揮していたと思います。さすがにリズムがしっかりしていて、ドラムとベースもフロントに負けていない存在感を発揮していました。楽しみにしていた小曽根さんですが、サウンド全体をまとめるのに重要な役割を果たし、また、随所にらしさをみせていたものの、フロントのメンバーとソロを分け合ううえに、ピアノとオルガンの両方を弾いていたので、じっくりと彼だけの演奏を聴き込むのは、また他の機会に、ということになってしまったようです。まあ、この編成ではある程度は予想していたことでもあるのですが。

演奏が終わった後、舞台裏とやりとりをしながら実況しているブース(解説者にこの本の著者である村井康司さんがいました)での放送が聞こえてきたのですが、実は、ブレッカー=スターン=小曽根のステージは、リハーサルなしのぶっつけ本番だったそうです。それであれだけの演奏ができてしまうのは、やはり、さすがだとしかいいようがありません。





今回、チケットを手に入れられなかった明日の昼の部に出演するグループのうち、"Quartet Legend" のほうは、来週、ブルーノートで聴くことにしました。さすがに一晩 35000 円のブルーノートでのハービーのライブを聴きに行く気にはならないので(笑) 5月にキース6月にチックを聴いたので、今回、このフェスでハービーを聴いて、この半年で3大ピアニストを制覇するか(笑)、と目論んだのはあえなく費えてしまいました。

2014年8月31日日曜日

Summer's End

1週間ほど前から急に温度が下がり、曇りがちで、最高気温が 30 ℃を超えない日が続いています。まだ、湿度が下がらないし、再び陽が射せば残暑がぶり返すのでしょうが、それでも夏の盛りは過ぎたかなあ、という感じがします。

昨日遊んでいた報いで、明日締切りの用事を片付けるために休日出勤しました(笑) 前にも書いたように秋学期は 12 日から始まるうえ、その直前に出張を入れたので、今週からは授業の準備もしなれればなりません。前半はうろうろして後半はぐだぐだしていた(笑)、越谷での最初の夏休みももう終りかなあ、という気分になってきました。

「音楽はわたしという自伝映画のサウンドトラック」とは、ピーター・バラカンさんの名言ですが、今日の脳内BGMは、今の季節にふさわしい、私の崇め奉るラルフ・タウナー様のこの名曲です。

2014年8月30日土曜日

熱帯JAZZ楽団 Midsummer Tour "灼熱" 2014 @ルネ小平

先週、インターネットで他のライブの予約をしようとしたときに熱帯JAZZ楽団のこの公演が偶然目に入り、早速チケットを購入しました。直前だったので不安だったのですが、大ホールの前から 10 列目くらいの比較的前の席がとれました。8月の上旬に目黒でもライブがあったようですから、そちらを聴きにいった方のほうが多かったのかと思います。ここしばらくアルバムの発売がなかったのでノーマークだったのですが、7月に3年ぶりの新譜が出て、そのツアーだったようです。

会場が西武新宿線の小平駅のすぐ近くで、行くのがかなり面倒そうです。私の住んでいるところからは、武蔵野線で新秋津まで行き、これが「乗換え」という範囲なのか、と思うくらいの距離を西部池袋戦の秋津駅まで歩いて、そこから一旦所沢までいってさらに西部新宿線に再び乗り換えなければならないのです。それで、周辺の地図を拡大してみると、武蔵野線の新小平から歩いて 1km ちょっとのようでした。距離的には余裕ながらも方向音痴なので(笑)不安だったのですが、青梅街道をまっすぐ行ってそれらしい交差点を曲がるだけのようなので、そちらで行くことにしました。

心配するほどのこともなく順調に会場に到着し、時間に余裕があったのでホールの喫茶室でコーヒーを飲んでいたのですが、周囲にお年寄りが多いのが意外でした。中ホールあたりで平行して催しがあるのかなあ、と思ったのですが、あとで掲示をみてみてもそうではないようです。熱帯JAZZ楽団、なんてコテコテのネーミングですし、友の会的な情報で、チラシのように、ご存知の懐かしいヒット曲を熱いラテンに載せてお届けします、というようなキャッチフレーズがあると、ムード歌謡的なラテンのバンドかと思った方々もいらっしゃったのかもしれません。実は、懐かしのヒット曲、というのがビートルズ以降、 フィル・コリンズ、ケニー・ロギンズ、ポリスなどの70 - 80 年代の洋楽が主で、それ以前の時代の楽曲は、「マイ・フェア・レディ」からの「教会に間に合うように行ってくれ」くらいだったので、「懐かし」ではなかった方も多かったのではないかと思いますが・・・(笑) 日本が世界に誇るラテン・ジャズ・バンドなので、詰め掛けたファンでごった返しているとばかり思っていたので、そういう客層で、当日券まであったのはむしろ意外でした。

10 数年前、2作目のアルバムで、 EW&Fの"September" のアレンジにぶっ飛んでしまって以来、ずっと気になっていたグループです。私にとって「黒歴史」に属することですが(笑)、弘前にいたとき、大学の先生方が公開講座的に話をする、という、NPO法人の方々が行っている地域のFM番組に出て醜態をさらした(笑)ことがあります。話の合間に好きな3曲を流していいですよ、といわれ、このバンドのラテン風「ムーンライト・セレナーデ」をその1曲に選び、これをかけてもらったときに、CD係の方に、ふーん、いいじゃん、これ、と感心され、内心得意だったのでした。以前は地方にいてなかなか直接聴く機会がなかったのですが、かように因縁浅からぬ(?)バンドなので、今回、初めて生の演奏に接することができて興奮していました。

7月に発売された新アルバムのレパートリーがメインで、アルバムの標題作でもある、フィル・コリンズの "Easy Lover" で幕を開け、最初から、爆発的なアンサンブルに、スリリングなソロが続き、その間、リズムはご機嫌、という連続で、楽しくてしょうがない演奏でした。ブラスが 12 人(トランペット4、トロンボーン4、サックス4)にリズム5人(キーボード、ベース、ドラム、パーカッション2、もちろん、うち1人はリーダーのカルロス菅野さん)という編成なのですが、見れば見るほど、どの奏者もすばらしく、よくこんなメンバーが長いこと揃っているなあ、と感心させられます。特に、日本のラテンベース界における唯一無二の存在である高橋ゲタ夫さんのグルーブはいつもながら凄いものがありました。

このバンドの存在を知ったころ、余りの豪華メンバーに、きっと、企画もののオールスターセッションなのだろう、と思っていたのですが、今や結成 19 年になっています。前述のようにここ3年ほどアルバムの発表がなかったので、このままフェイドアウトしてしまうのかなあ、と思ったりしていたのですが、カルロスさんはじめ、皆さんのMCでのコメントもこれからの活動に関して非常に意欲的で、今後の展開も楽しみです。

ただ、今回の演奏は、コアなファンと、何気なくご近所のコンサートに来てみたら余りにもパワフルでびっくりしてしまった初めての方々が半々、という感じで、カルロスさんも、ラテン初心者への定番の話題である、コンガとボンゴの違い(笑)、などを説明しながら内輪のお約束を挟む、など、MCには苦労していたようです。バンドの今後の活動について、我々もブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブを目指します、と、話していたので多いに嬉しかったのですが、冷静に考えると、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブが何だかわからない人たちもいたのでしょう。難しいものです。

こういう音楽に触れる裾野を増やすのも大変なようで、今回も、会場でCDを買ったらあとでメンバーからサインをもらえるサイン会を開催したりしていました。実は、私もCDを買ったのですが、絶対にジャケットにコーヒーをこぼすので(笑)、サインしてもらってもしょうがないなあ、と、そのまま帰ったのですが(笑)

そういう割合の聴衆なので、好きな人もスタンディングで踊りだすのを躊躇したようで、いつものペースに乗せるのは難しそうでした。とはいっても、後半、次々にダンス・チューンを繰り出すと馴染みの方々はたまりかねて立ちはじめ、会場はノッてきました。私も年甲斐もなく立ち上がろうかと思ったのですが、待て、ここで立ったら絶対にバテる、きっと、アンコールは "September" だろうから、そこまで我慢しよう、と、46 歳の悲しさで(笑)、そんなことを考えているうちに幕が閉じました。

アンコールのスタンディング・オベーションで立ち上がって、メンバーの皆さんが戻ってきて始まったのがやはり、"September" だったので、そのまま、今度は年甲斐もなく、踊る、とまではいかなくても、跳んだり跳ねたり、不恰好に体を揺らしたりしていました。スタンディング・オベーションはしょっちゅうしていますが、そのまま、立っていたのは本当に久しぶりでした。

念のためですが、もしかして、同じ会場に学生さんはいませんでしたよね? (笑)

とても楽しく過ごせたのですが、帰途、再び、新小平まで歩いているとき、ふと、お遊戯みたいなアイドルのコンサート(暴言ですか?(笑))で、武道館だ、ドームだ、国立競技場だ、というならば、これほど国宝級にハイレベルなのに難解でも実験的でもない楽しい音楽で東京ドーム3個分くらいは埋まっても可笑しくないのに、何だか不思議だなあ、本当はみんな音楽なんか好きじゃないのかなあ、と、思ったりもしました。

まあ、好きな人が少ないおかげ(?)で、こんな素晴らしいコンサートを手軽に聴くことができるので、私は得をしているのでしょうが、少なすぎてそういう機会がなくなってしまうのも困りますし、難しいところです。

とにかく、次は、もっと前からスタンディングできるように、体力をつけたいとおもいます(笑)

あと、いつか、熱帯JAZZ楽団で、松岡直也さんの曲をやってほしいなあ、と、思うのですが、無理でしょうか。

2014年8月26日火曜日

Ron Carter "In Memory of Jim"

CD ショップで見かけたこのアルバムの裏面のデータを見て、あれ? と思いました。そのとき、偶然、所用で上京していて、ライブレコーディングされた2014 年 1月 20 日のブルーノート東京で、この、ジム・ホール・トリビュートのライブを聴いていたのでした。ライブレコーディングをするというアナウンスに気づかなかったので、もしかすると、私の聴いたファースト・セットではなくセカンド・セットを録音したものかもしれませんが、レパートリーは共通していますし、何より、その雰囲気を思い出せるので、普段と違った聴き方ができるような気もします。

ジャズを聴き始めたころ好きになったアーティストが、アート・ファーマー、ビル・エバンス、ポール・デズモンドだったので、3人の名盤に参加しているジム・ホールのギターも早くから聴くようになりました。私にとって、ジャズ・ギターと言われて最初に思い浮かべるのは、ウェス・モンゴメリーでも、ケニー・バレルでも、バーニー・ケッセルでもなく、ジム・ホールであるとさえ言えそうです。

豊穣ながらも端整な演奏で、どちらかというと地味な感じさえする正統派のジャズ・ギタリスト、という印象があったのですが、そのうちに、パット・メセニーや、ビル・フリーゼルや、ジョン・スコフィールドが、彼からの影響を口にし始め、すっかり、コンテンポラリー・ジャズ・ギターのルーツとして敬われるようになっていました。

いつかはライブを聴いてみたいなあ、と思っていたのですが、昨年の 12 月に惜しくも急逝され、1 月 20 日はその追悼としてのライブでした。本来は、ロン・カーターとともにジム・ホール本人が来日して、幾多の名盤を生んだ二人のデュオの続編が録音される予定だったそうです。タッチの差で、本人の演奏を耳にする機会を逃してしまったことになります。やはり、聴けるときにライブに行っておかなければなりません(おいおい・・・)。

急遽、トリビュートのメンバーとしてブッキングされたギタリストは、ラリー・コリエルと、ピーター・バーンスタインでした。ピーター・バーンスタインのことは、一時期、ソニー・ロリンズのグループにいたこと(これも、ジム・ホールと共通しているといえばそうですが)くらいしか知らなかったのですが、ジム・ホールの直弟子だとのことで、その演奏も、直系の端整さが感じられます。

セット・リストをみたとき、ジム・ホールの追悼でラリー・コリエル、というのは意外でした。いわれてみれば、どちらも、チコ・ハミルトンやゲイリー・バートンと共演していたりして、もしかしたら、案外近いポジションにいたのかなあ、と思ってはみても、いつものプレイ・スタイルは全く異なる印象があったからです。それでも、珍しく(?)、オーソドックスにスタンダードなどを演奏しているのを聴くと(曲に応じ、普通のフル・アコとフォークっぽいアコースティク・ギターを使っていました)、彼らしい、ちょっとヘンなところがありつつも、それは、例えば、ジム・ホールがその豊かなコード・ワークのなかでスパイスとして使っていたような音を抽出しているようなもので、何らかの影響はあったのかもしれない、という気もしてきました。

長年の友人だったジム・ホールを失ってまだ1ヶ月と少ししか経っていなかったロン・カーターは、さすがにMCでは悲しみをにじませていましたが、感情に流されることなく、冷静に堅実に音楽を成立させています。ロン・カーターが参加しているライブを聴いたのは3回目なのですが、最初がマイルス・トリビュートのVSOP、次は、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ジャック・ディジョネットとの”The Quartet" で、他に強力なピアノとドラムがいたため、底辺をしっかり支えていても、リズムの上で目だった印象はありませんでしたが、今回のフォーマットでは、中心となってタイムを設定しているのがよくわかりました。たぶん、コンテンポラリーなコリエルとオーソドックスなバーンスタインを合わせたあたりにジム・ホールがいるはずで、その彼を浮かび上がらせるための全体の枠組みをロン・カーターが与えていた、といえるのかもしれません。

ライブでのベースの音色は CD で聴くよりもふくよかだった記憶があります。割と前の席で聴くことができたので、マイクを通さない生の音も届いていたのかもしれません。