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2017年3月11日土曜日

6年経つ

まさか、半年も更新しないことになろうとは思ってもいなかったのですが、忙しさに紛れて、いつの間にか、ブログを書かない生活が普通になっていました。

でも、やはり、今日は書こうと思います。

研究室の整理をなるべく卒業式までには終わらせたいと思って、土曜でも大学に行くことにしました。 14 時 46 分ごろ、ブラインドから射す日光を眺めて、6年前、いきなり揺れはじめた部屋で、本棚を押さえていたときの窓の明るさを思い出しました。

毎年、ここに書いている割り切れなさは、自分の中ではずっとくすぶっていて、時々、オリンピックやら何やらで、何百億円とか、何千億円とかの国家予算が飛ぶような報道を見ると、それ、被災地に回せないのかなあ、とか、思ってしまうことがあります。避難している方が5万人減ったとはいっても、まだ 12 万人もいらっしゃって、しかも、避難が終わった、ということが、何かの解放を意味するわけではなさそうで、今日、テレビを観ていたら、放射能汚染で避難していたのが解除になった方々の現実というのが、また、とんでもなく厳しいとの報道で、その方々が背負うべきものではない苦悩に直面している様子にやりきれなくなります。

日本全体の問題だったはずなのに、いつの間にか「被災地の問題」っていう括りが出来上がっていないか、何か、大切なものを置き去りにしていないか、いろいろな疑問が沸き上がってきます。

そして、そういう自分も、離れた場所での日常をやり過ごすことに狎れきっていないか、という問いも浮かんできます。

例年通り、このアルバムを聴いています。

2016年8月26日金曜日

こちらは5か月ぶり

3月に卒業したゼミの卒業生の方々と集まりました。8名のメンバーのうち、5名が参加してくださり、皆さんの近況を伺って、楽しく過ごしました。

前回の卒業後5,6年の方と会う集まりと比べると、こちらは、初めての職場でうまくやってるかなあ、的な心配があるわけですが、まずは元気な様子で安心しました。話してみると、大変なところは大変で、毎日の帰宅は終電前後で翌朝登校して授業、みたいな毎日のところもあります。その上、職場の中でもいろいろあるようで、思わず、近いんだし、グチくらいなら聞くから時間があるときは研究室にでもお出でよ、と、言ってみるのですが、 その暇すら無いようで、改めて、大変な仕事なのだなあ、と感じます。

お互い、ほとんど隠しごとなく過ごしてきたメンバーですし、仕事の様子も見当がつくので、話は通じやすいようです。雰囲気はいつも通りなのですが、話題が半年前と変わって仕事のことになったのが、何だか不思議な気がしました(笑) あと、もう一つ、学生時代だったら、遠いテーブルで盛り上がっているときに私が周囲の方に話しかけても、向こう側とこちら側で話が進むだけだったのが、皆、こちらの話を聞く体勢をとるようになっていて、普段の職場の飲み会で、年長者が話すときは謹聴するように習慣づけられたのかなあ、と、思うと、可笑しいようで、ちょっと、気の毒なような(笑)感じもしました。

とにかく、卒業して初めての集まりが楽しく終わったのは何よりでした。これからもこうやって談笑できる機会を持ってゆきたいですね。

もうすぐ2学期が始まりますが、皆さん、お身体に気を付けて。

2016年8月22日月曜日

10 年経って

昨日まで千葉の実家に帰省していました。

その間、弘前大学の数学専修の卒業生の方々との集まりがありました。大体、私が帰省するときに声をかけていたのですが、昨年、なかなか夏休みが始まらないでばたばたしているうちにタイミングを逸してしまったので、2年ぶり、ということになります。

千葉の卒業生に声をかけて集まるようになった当初は、卒業して慣れない場所で暮らすことになる学生さん達がどうしているかなあ、とか、OB、OG 同士で顔見知りになっておけば、ゆくゆく便利かなあ、などという目論見もあったのですが、今となっては、私が職場を移って新顔が加わることもなくなってしまい(笑)、集まるメンバーもすっかり顔見知りになり、職について5,6年は経っているので、 こちらの生活にも慣れ、仕事の方も、相変わらず大変そうではありますが、それぞれ軌道には乗っているようで、あれこれと取り越し苦労する感じでもなく、いたって和やかに、それぞれの近況を知らせ合って過ごしました。

小人数の専修で、先輩、後輩入り乱れて科室に集まっていたので、当時の学生さん達で、今でも交流がある方もいて、青森在住の卒業生の方々の消息も聞くことができました。どうやら、彼の地では、すでにベビーブームらしく(笑)、みんなそういう年齢なんだなあ、と、改めて感じさせれられます。

学生時代の話になって、今、高校の先生をしている卒業生の方から、そういえば、試験前は、にっしー、助けてー、って、叫びながら、センセイを探しまわって捕獲しては教えてもらってましたよねえ、と、言われ(笑)、 何だかやっていることが今と大して変わらないなあ、と苦笑しました。 どころか、当時は、私も大学から徒歩で通える場所に住んでいて、学生さんも大半が弘前出身か下宿・寮暮らしで、大学も時間制限なしで居ることができたので、日をまたいで質問に答えるのがしょっちゅうだったのでした(笑) まあ、だから、こうして今でもお付き合いできているのでしょう。おかげでいろいろと君に関するネタはあるから、君の高校から出前授業の依頼が来た時は、真っ先に手を挙げて引き受けて、授業では暴露しまくるからね(笑)、と、いうと、それだけは勘弁してください、と、哀願されました(笑)

今となってみると、弘前にいた痕跡も大して残せなかったなあ、というのがちょっと残念ではあるのですが(笑)、卒業生の方とこうして出会えて、お付き合いできているというのは、数少ない、自分が弘前にいた証しのひとつなのかもしれません。

今回、卒業生の方々の連絡で動いてくださった方は、私が弘前に赴任したときに入学した学生さんでした。新任教員と1年生として相対したとき、私の地元だった千葉が彼女たちの地元になって、10 年後にこうして集まっていることなど、もちろん、想像だにしませんでした。人の縁とは何だか不思議なものだなあ、と、思います。

とても楽しい集まりでした。また、皆さんにお目にかかる機会を楽しみにしています。

2016年8月9日火曜日

夏メニュー


学期中は外食が多かったのですが、ようやく自宅で食事をすることができるようになりました。 今日は時間があったので、毎年恒例のトマトと生ハムの冷製パスタを作り、南瓜を煮て、近くの総菜屋で買ってきたベトナム風生春巻と、冷奴と、カップスープ(インスタントですが(笑)) を添えてみました。

食後に、梨をむいて、アイスクリームも食べたので、相当満腹です。

休みの間に、かなり太るのではないかと不安になってきました(笑)

2016年8月7日日曜日

理想は遠い

大学のオープンキャンパスが終わり、予定はだいたい消化しました。まだ、非常勤先のレポートの採点や、大学の業務などの仕事は残っているのですが、自宅でできることも多いので、とりあえず、 少しは休みの気分になってきました。

以前、理想の生活として

午前中は数学をして、お昼過ぎから本を持って外出し、公園と喫茶店で読書しながら散歩して午後を過ごし、夜はギターを弾いたり音楽を聴いたりしてまったりする。それで、ときどき、コンサートや美術館に出かける

というようなことを書いた記憶がありますが、ここ2か月ほど、そのうちの何一つやっていない、ということに気づき、愕然としています(笑) 

ここまで、あまりの自転車操業に、目の前のことをこなすのが精いっぱいで、いざ、夏休みらしくなってから、何をしようかなあ、と、考えはじめても、あれこれ迷っているうちに、短い休みが終わってしまいそうな気もします(笑)

2016年8月5日金曜日

ちょうどその時期

現在勤めている大学では、「『先生の助手』体験プログラム」というものがあり、2年生の夏休みか春休みに、希望者は、地域の学校で1週間、教務補助の体験をすることができます。数学専修では、2年生の担任がそちらも担当することになっているので、今日は、夏休みに参加する方々のうちの7名がお世話になる学校に、学生さん達と一緒にご挨拶に行ってきました。

猛暑の中、スーツ姿で移動することになり、午後からはそのまま大学に行ったので、今日は1日中、苦手なスーツで過ごすことになりました。夕方になって汗だくで帰宅しても、室内でも30 ℃を超すほどで、何か炭酸系の飲み物がほしいなあ、と思って冷蔵庫を開けると、ちょうど、以前買いだめしておいたシャイニーのスパークリングアップルが入っていたので一気飲みしました(笑)

そういえば、今、弘前はねぷたの時期なんだなあ、と、ふと、思い出しました。引っ越して3年経ってみると、歩いて5分もすればあのお祭りの真っ只中に身を置くことができたというのは、結構贅沢なことだったと、改めて思います。

2016年8月1日月曜日

7 月の記憶がない

ついに1月以上更新がないままでした。 以前、長く更新が途絶えたのはこのときで、そろそろ弘前を離れることを報告しなければならないだろうけど、言いにくいし、どうしようかなあ、と、とつおいつ考えているうちに時間が経ってしまい、ちょうど、雪灯籠まつりにかこつけて思い切ってお知らせしたからだったのですが、今回は、そんなことも全くなく、単に、あっという間に1か月が過ぎたというだけの理由でした。

中間試験があり、教員採用試験があり、期末試験がある、ということで、ずっと継続的に学生さんの勉強を見たり、質問を受けたりしていて、休日出勤もしばしばで、4月からの出勤簿がこんな感じになってしまいました。6月に白いところがあるのが、前回の更新でお話した信州への出張で、それ以外はびっしり出勤せざるを得なくなってしまっていました。実習校訪問に行って大学に寄らない日はハンコが押してないですし、この他に、非常勤もしていたわけです。出勤した大抵の日は、朝 8:00 過ぎに大学に着いて、夜 20:00 の守衛室からの下校を促す放送を聞いて帰る、という 12 時間労働で、会社員でいうところの社畜とは、こういう状況なのだろうなあ、と苦笑しました。

現在勤めている教育学部全体のカリキュラムは、かなりはっきり小学校教諭向けなのですが、 数学専修の学生さん達の半数程度は中高の教員を志望していて、そうである以上、専門科目が少なくても、講義の内容も、例えば前任校と比べてなるべく下げないほうがよいだろうし、普段、ちゃんと勉強していて、こちらとしても先生になってほしいなあ、と思えるような学生さんから要望があれば、教員採用試験のための準備の相手もするし、となり、制度と現状のひずみの調整に使われてしまう形になり、へとへとになってしまいました。こういうことはうっかり個人的に背負い込むべきものではないなあ、と反省しました。

案の定、 学期末近くには体調を崩してしまいました。トシをとって体が鈍感になったのか(笑)、以前のように急激に発熱することはなくなったのですが、その分、じわじわと頭痛と吐き気が続き、それでも、その間、次の試験で高得点をとらなければ後がない学生さんに泣かれてしまっては休日出勤もせざるを得ず(笑)、完治しないままで、ぐずぐずとしていました。ここ数日、5 km 弱の徒歩での帰宅も再開しましたし、途中で寄ったコメダ珈琲の金のアイスコーヒーも美味しかったので(笑)、たぶん、良くなったのだと思います(笑)

気がつけば、空の色が濃く、鮮やかになっています。






今日は、

♪ 試験より、普通に、ポケモンが好〰き〰

という心の声が反響している教室で2科目分の試験を終え、これで、学生さん達にとって、私は用済みになりました(笑) 晴れて、夏休みだ、といいたいところなのですが、まずは、3科目分の試験と、(非常勤の分も含めた)2科目のレポートを採点して成績をつけなければなりませんし、クラス担任としての仕事も入ってきましたし、実習校に挨拶にも行かなければなりませんし、オープンキャンパスもありますし、その他の仕事も入ってきています。夏休み後半、3つほど学会と研究集会に行くつもりなのですが、それも浸食されてきて、遅れて出かけたり、早く帰ったりせざるをえず、フルの日程での滞在はできないものが増えてきました。プライベートな用事に至っては、まだ、ほとんど考えていません。

ここ数年、夏休みが始まる直前まで、目先のことに追いまくられていて、休みに入ってから、さて、これから何をしようか、と考え始める有様です。これから、業務の合間を縫って、かろうじて空いている期間に何をするか考えようと思います。とりあえず、東京ジャズのチケットはとったのですが(笑)

今年の夏は久しぶりの方々と会う予定が3つ入りました。ひとつは、大学のゼミの先輩、同級生、後輩の方々と、もうひとつは、弘前大学の卒業生で千葉在住の方々と、あとは、この3月に卒業した文教大学のゼミのOBの方々との集まりです。 期せずして、学生時代、弘前で過ごしたとき、関東に戻ってから出会った方々と会うことになります。

なかなかのコミュ障のまま世を渡ってきたのですが、そう言いながらも、いろいろな方々と出会うことが出来たのだなあ、と改めて感じます。

2016年6月18日土曜日

かいつまんで近況を・・・

またもや10 日ほどブログを更新できませんでした。前回の更新の翌日から3泊4日で研究集会に出張していた関係もあって今日まで1日も休みがなく、明日、久しぶりに予定がないのでようやく一息つき、キーボードに手が伸びた次第です(笑)

その間に起きたことをかいつまんで・・・。

・まずは、6月9日の誕生日にメッセージやプレゼントをくださった方々、有難うございました。もう 48 歳になったかと思うと憮然としないわけでもないのですが(笑)、気にかけて、声をかけてくださる方がいると思うと誕生日も悪くないなあ、と、思ってしまうほど単純に過ごしております(笑) 改めて考えてみると、 20 代の頃より今のほうが楽しいのではないか、というくらい能天気に生活できるのも、周りの方々のおかげであることは間違いありません。今後ともよろしくお願い申し上げます。

・ちょっと遡りますが、6 月 5 日には勤務先の大学の「父母と教職員の会」 主催の「1日大学」がありました。担任をしている2年生の保護者の方々とお話をしたのですが、昨年度にいらっしゃっていた方が半分くらいで、コミュ障気味の教員にしては割とリラックスして接することができました。以前は保護者の方々がずっと年上で、これでは頼りなく見えるだろうなあ、と随分緊張したのですが、現在の学生さん達のご父母はちょうど私の世代になりつつあるのも、緊張しない一因ではあったようです。後日、その保護者の方のお子さんに、1日大学にお母様が来てたね、という話をすると、そういえば、お母さんが、ニシザワセンセイって面白い方だねえ、って言ってました、と答えが返ってきました(笑) 本人は真面目な話しかしていないつもりだったのですが(笑)

・最初にちょっと書いたように 6 月 9 日から 13 日まで、"Algebraic Lie Theory and Representation Theory" という研究集会に参加するため、菅平に行ってきました。上田から1時間ほどバスに乗らなければならないこともあり、9 日は移動日だったので、少し早めに大宮から出発して、今、真田ブームで沸き立っている(?)上田の街を歩いてみました。 かく言う私も、10 代の頃、司馬遼太郎の「風神の門」池波正太郎の「真田太平記」を読んで以来のファンなので、お城の中では、第1次上田合戦のときはこんなところまで徳川勢を引き寄せたんだ、などと、勝手に感激していました。 上田の街は、古い城下町であるせいか、何となく弘前と似ていて、懐かしい、というと大げさですが、親しみやすさを感じました。お城から街中に戻って、遅い昼食をとろうとして、せっかく信州に来たのだから蕎麦がいいなあ、と、うろうろしているうちに、店構えがそっけないながらも何となく気になるお店を見つけ、中が閑散としていたのですが、そういえば弘前でもこんなものだったしなあ、と思いながら入ってみると、何気なくも素朴でしっかりとした味で、見上げると、暖簾に「創業明治二年」と書いてありました。きっと、弘前で暮らしていなかったら、小ぎれいでお客さんが多い観光客向けのところに行ってしまったろうなあ、と、思うと、何となくおかしくなりました(笑)

・遊んでばかりいたわけではなく(笑)、研究集会では、この頃の関連分野の話を手広く聞けて、こちらもとても楽しかったです。すっかり最新事情に疎くなって、周囲にとんちんかんな質問をすることもしばしばだったのですが(笑)、普段、周りに近い分野の研究者がいないので、こういう雰囲気の中に身をおくのは新鮮でした。食事のテーブル等では、研究について熱く語る若者と、昨今の大学事情を嘆いたり憂えたりする年長者に別れるのですが、私は見事なまでに後者にカテゴライズされるようになりました(笑)  研究集会は14 日まであったのですが、金曜に引き続いて月曜を休講にするわけにもいかず、13 日に帰ることにしました。その帰り道にご一緒した同学年の研究者の方と、最近、誰も量子群とか可解格子模型とか言わなくなってしまいましたねえ、とか、前に久しぶりに研究集会に出た時は、みんな、クィバーやクラスター代数とか言うようになっていてびっくりしました、とか、浦島がかった話をしてしまいました(笑)

・昼間はずっとばたばたしていたのですが、こうも予定が詰まってしまうと、せめて仕事が終わった後はストレス解消しようと思うようで(というのは言い訳なのですが(笑))、忙しい、と、言いつつ、5月には、チック・コリアと小曾根真のデュオと、パット・メセニーのカルテットの、6月に入ってからは、つい一昨日、赤坂 Blitz でのスナーキー・パピーのライブに行きました。おとといのライブは、スタンディングだったにも関わらず、サポート・アクトやらオープニング・アクトやらと称してやたら前座が長く、しかも、それぞれのステージの間にセッティングが 30 分ずつ入る、という段取りの悪さで、スナーキー・パピーのライブのつもりでやって来たのに、お待ちかねの彼らの演奏が始まるまでに、開場時間から2時間半もかかり、結局、非常勤講師で 90 分授業をした後に 4 時間ほど立ちっぱなしという羽目になりました(笑) 待たされてうんざりしたのですが、スナーキー・パピーのライブは圧巻だったので、最後は満足して帰りました。普段、疲れたとか何とか言いまくっているのですが、こういうことだと妙に元気です(笑) 翌日、2コマの授業もあったのですが、何事もなく、こなすことができました(笑)


どの話題も、時間があったら詳しく書きたいところなのですが、そういうことを言っていると、きっと、書かないまま終わってしまうので(笑)、 とりあえず、近況まで。


追記(2016/06/28)  : 研究集会の名前が間違っている、という、ご指摘がありましたので、訂正しました

2016年6月8日水曜日

なれしよすがに

昨年の今日、こんなことを書いていたのですが、あっという間に1年が経ってしまい、47 歳の最後の1日ということになりました(笑)

大きな仕事があったわけでもなかったのですが、なぜか、やたらと忙しかった、という感覚があります。我ながらよくないなあ、と、思うのは、何かを頼まれると、それくらいなら、と思ったり、断るのもめんどくさくなったりで、結局は、110 パーセントくらいのペースでばたばたすることが続き、120 パーセントの力を出しながら時々休むより、継続的に疲労してしまったことです。いまだに、前任校での専修のスタッフ7名に対し学生さんが 12 人、の習慣が身についているようで、無意識的に、スタッフ5名で学生さんが 40 - 50 名の現在の構成でも同様に動こうとしてしまい、無茶をして収拾がつかなくなることもしばしばでした(笑)

かくして、あまり、プライベートも充実できなかったのですが、とりあえず、引きこもりこじらせ中年の路線を驀進していることだけは確かなようで(笑)、おそらくは、このまま、引きこもりこじらせ老人になるのだろうと思います(笑)

世の中にまじらぬとてはあらねどもひとり遊びぞ我はまされる

世の中をいとひ果つとはなけれどもなれしよすがに日を送りつつ

くらいのことを言ってみたいと思うのですが、やはり、良寛さまくらいの境地に達していないと似合わないですね(笑)

2016年5月28日土曜日

定まっていない

ずいぶん更新が途絶えてしまいました。

やはり、ゴールデン・ウィークにあまり休みが取れなくて例年と生活パターンが違ってしまったのは大きかったようで、その翌週当たりから体調を崩してしまい、しかも、その崩し方がいつものオーバーヒートと違う様子で、こちらに引っ越してきてから、初めて医者に行って、初めて私学共済の保険証を使ってしまいました(笑) すっかり勢いが落ち、足踏みを余儀なくされたのでその後の自転車操業に拍車がかかり、現在に至っています(笑)

それと連動しているのか、憂鬱なことも起きて気持ちの方も持ち直さないままだったのですが、先週、こうなるとは思わずに以前予約してあったライブを2つほど、よっぽど行くのをやめようかと思ったのですが、キャンセルするのも惜しいし、体調も回復してきたし、ということで聴きに行ったら、どちらも素晴らしく、単純なことに少し気持ちが晴れてきました(笑)

ばたばたは相変わらずで、ここ数日も、水曜日に会議があり、木曜日は、午前中、担当校の実習生の方の授業を参観に行きました。授業が終わり、実習の学生さんを待っていると、クラスの子供達がおそるおそる寄ってきて、センセイは、○○先生(実習の学生さん)のセンセイなの? と聞くので、そうだよ、というと、お名前は? というので、ニシザワっていいます、と答えると、だんだん、安心してきたのか、やにわに、ひとの手首のあたりを撫で、わあ、ふさふさだ、と騒ぎはじめたので、内心、毛深くて悪かったな、と思いながら(笑)ニコニコしていると、今度は、腕時計に目をつけて、この時計、高いの? と聞くので、内心、安物で悪かったな、と思いながら(笑)ニコニコして
いいや、そんなに高くないよ、と、答えながら、やれやれ、大学生だけでなく、小学生にもいじられているなあ、と苦笑しました(笑) ほどなく、実習の学生さんが来たので、別室で割り算の筆算について話合って、学校を後にしました。そのまま、午後は、非常勤先の大学に行って、4年や大学院の学生さん達を相手に、フックス型微分方程式とか、超幾何関数とか、リーマン面とか言わなければいけないという、ギャップの大きさです(笑) 昨日の金曜日は午前中、2年生に群論を、午後からは1年生に集合を解説し、今日は、例の、文学部や人間科学部の学生さん達を相手に教養の数学を講義する授業、という、見事なまでの無秩序ぶりで(笑)、改めて思い出してみると、何でも屋の面目躍如、と、いったところだなあ、と、嘆息を禁じえません(笑) 

明日は、待望の休日なのですが、それを過ぎると、次に1日休めるのは 6 月 8 日の予定で、しかも、その翌日から研究集会に行って、帰ってきたら間髪を入れず授業なので、その次の休日は 6 月 18 日 らしいことに気づきました(笑)

ぐずぐずしているあいだに報告(宣伝?)が遅れてしまいましたが、数学セミナーの6月号の coffee break という巻頭エッセイの欄を担当しました。「数学者が日常感じていることや,読者に問いかけたいこと,問題提起など」を書いてください、という依頼をいただいて、このブログみたいな調子で書けばよいか、と、無造作に引き受けてしまったのですが、いざ、手をつけてみると、案外、世の中に問いかけたり、訴えたりしたいこと、や、何かの定見が思い浮かびませんでした。もちろん、ここでいつもぶつくさ言っているように(笑)、不満や不安や文句はあるのですが、それでも、身の回りの学生さん達に説教するのだってロクに伝わらないのに(笑)、不特定多数の方々に伝えられるのかなあ、と、思ってしまうところもあるわけです。よくよく考えてみると、このブログは近況報告的な気分で、読んでくださる方は私のことをご存知で、舌足らずでも、暴言でも(笑)、前置きなしで通じるだろうし、あわよくば、面白がってくれるだろう、と、安心していたところがあったようです。結局、今まで、本などで目にして面白かった数学に関することを書いてみたものの、無難なだけの出来栄えで、ちょっと、置きにいってしまったかなあ、という反省もあります(笑)

2016年4月10日日曜日

目下の課題

春休みからずっと昼夜逆転の習慣が抜けないまま、新学期を迎えてしまいました。

さらに、小学校実習のご挨拶も始まります。今年度は、埼玉県八潮市の3校と、千葉市(!!)の2校を割り振られました。 千葉のほうは、相当長距離を電車移動で遠征するか、実家に泊まるか(笑)、思案中です。

春学期は月曜1限から授業が入っているうえに、今週は、火曜日は1人1コマずつ5人分、私にとっては5コマぶっ続けセミナー、水曜日は八潮市の1校目に挨拶に行った後に世界的数学者の講演を聞いて、その後、世界的アーティストのライブを聴きに行くことになっていて(笑)、木曜日は、朝に八潮市の2校目にご挨拶に行った後、高田馬場で非常勤の授業をして、もう一度八潮に戻って夕方に3校目にご挨拶に行く予定です。金曜日には疲れ果てているでしょう(笑) 再来週には千葉にご挨拶に行くことになると思います。

空いて居る時間にやたらと予定を入れることと、夜更かしの悪癖がなかなか治りません。

・・・といっている現在が 0:55 です。明日は 6:30 には起きなければならないのですが(笑)

2016年4月2日土曜日

桜満開

連合教授会が 14:00 からあるので昼頃出勤すると、元荒川沿いの桜がちょうど満開でした。ここ2年ほど、3月末が花の盛りだったので、引っ越してきた2年前も、出張していた昨年も、一番の見頃が過ぎてから見たのですが、花冷えの日が多かった分、今年は越谷に居るときにちょうどよい時期になったようです。
















会議が終わった後、少し研究室で仕事をして夜に帰るとき、神明橋のほうから、川原の堤の桜並木を歩いてみました。夜店も出て、賑やかな雰囲気を醸し出していました。





















つい、弘前と比較して少し物足りなく感じてしまうこともあるのですが(笑)、それでも、日常行き来している場所でこれほどの桜を見ることができるのは、かなり贅沢なのではないかと思います。どうやら、私は、桜には恵まれているようです(笑)

2016年3月17日木曜日

終わりと始まりのあいだ

筑波大での数学会は始まっているのですが、無限可積分系セッションは明日からですし、今日は休む予定でした。ところが、昨日、ばたばたしていて書類を提出する暇がなかったので、そのために大学に行くことにしました。

久しぶりの快晴です。桜の蕾も膨らんできたようにも見えます。









 菜の花がうっすらと咲き始めました。










大学に着くと、昨日の卒業式の喧騒が嘘のような静けさです。思わず、何十年か前に聴いたこの曲が浮かんだのですが、 これは高校卒業が題材なのだろうな、と、改めて気づいて、大学卒業を歌った同じグループのこちらの曲も思い出して、中年(初老?)性の感傷に浸っていました。


用事が終わって 17:00 頃に大学を出たら、随分日が高くなっていて、まだ明るかったので、回り道をして川沿いを歩いて帰りました。






新しい季節まで、もう少しです。

2016年3月16日水曜日

さりげなく一歩を踏み出す

先週、謝恩会があり、昨日、ゼミの4年生の卒業祝いの飲み会をして、今日が卒業式で、というように、しばらく、卒業関連の行事が続きました。

今回、めでたく卒業されたゼミのメンバーは、私がこの大学に赴任したときにすでに3年生だったので、1,2年に私の講義を受けないでゼミに配属することになり、こちらが口にするほとんどすべての用語が通じないところからスタートしなければなりませんでした。私のほうも、それまで、弘前では年に1,2名、この大学での最初の年も4名のゼミ生だったので、8名という大所帯は初めてで、手探り状態のところもありました。 今回の卒業生の方々はそういう諸々の大変さをチームワークで乗り切ってきた感があります。

8名のメンバーをどう組み合わせてもみんな仲良しグループになる、と言っても過言ではないくらいで、まあ、時間にルーズなのは最後までなおりませんでしたが(笑)、最終的には、他のメンバーの言うことは素直に聞く、グループの中で自分に何ができるか考えるようになる、周りの人が進まないと心配し、ときには叱咤激励する(笑)、という風で、それぞれが、私と1対1でゼミを行うよりも先に進めたと思います。グループのひとりひとりがかけがえのない存在になったのが、プラスに作用しました。

4グループに分かれて卒業研究をすることになったので、火曜日を1コマ目から4コマ目まで1グループ1コマずつ割り振る形にしたのですが、昼休みにはゼミが終わった学生さんもやってきて研究室で揃って食事をする、という感じで、さらに、テキストを読み終えた後の調査やまとめの時期、研究室で作業する形態になると、みんなで入れ替わりにやってきて、ときには、指導教員も交えて(笑)雑談していたり、ということもありました。 ゼミで出かける前や、授業の合間など、時間に余裕があると、研究室にやって来て、まったりしながら他愛もない話に興じるのが常でした。

そういう風に仲良くなっていたので、なかなか離れがたかったようで、卒業が近づいてきても、もうすぐお別れ、とは、なるべく考えないようにしていたようでした。進路や将来の話は出るのですが、それが、学生生活も終わり、みたいな方向に行くと、寂しいからやめよう、となって、極力、次にみんなで集まったら何をしよう、と話をしているようでした。昨日の飲み会も、最後は、では、また明日、という感じで解散しました。

今日は、午後に体育館で教育学部全体の式典を終えた後、専修毎に学位記を授与することになっていました。 午前中、2年の学生さんが質問に来ていたところに、羽織袴の着付けで早めに来ていたゼミの女子の学生さん達が、式典まで時間があるので、研究室で待ってていいですか? とやってきたので、指導教員は嬉々として写真を撮り(笑)、その後、男子の学生さん達も、ここに荷物置いといていいですか? とか、ここで書類書いていいですか? と、入れ替わりに研究室を訪れはじめました。これまで通り、お菓子を食べたり、お茶を飲んだりしながら、他愛もない話に打ち興じているうち、時間がやってきて、皆さん、学部全体の式典に体育館に向かいました。

昨年は私も体育館での式典に出てみたのですが、あまり、先生方の出席が多くなかったので、今年はいいか、という気になり、そちらが終わるのを待って、数学専修の学位授与にだけ出ることにしました。無事、学生さん達が学位記と教員免許を受け取り、先生方のお言葉をいただいて、皆さん、めでたく卒業ということになりました。

再び、嬉々として写真をとる指導教員につきあわされた後(笑)、学生さん達は研究室に引き上げてきて、女子の学生さん達は羽織袴を返却しに行って、ああ、窮屈だった、と言いながら私服に戻って帰ってきました。その後の予定は、証明書を持って即座に新任校に行かなければならない、サークルで集まる、専修の友達と集まる、と、皆さん、いろいろなので、出発時間もまちまちですが、それまでは、相変わらず、他愛のない話をして、ふざけたり、騒いだり、歌ったり(笑)しています。卒業する実感が湧いていないのかと思ったのですが、時間になると、センセイ、今まで有難うございました、みんな元気で、と、重みのある口調で挨拶してゆきます。 もしかすると、最後の最後までいつも通りに過ごしたかったということなのかもしれません。

全く今まで通りにふるまっていた方々が、ひとり、またひとりと研究室からいなくなってゆくのは、見送っている側からすると、一斉にお別れするよりも、卒業ということを真に迫って感じさせられます。最後にひとり残った学生さんが、みんな、行っちゃいましたね、と涙ぐんでいて、ちょっと、胸を突かれるような思いがしました。やがて、その学生さんも出発してゆきました。こうして、皆さんにとってひとつの時期が終わって、新しいはじまりがやってくるのでしょう。

そうは言うものの、私自身は、ここ数年書いているように、お互いに対して親しい気持ちでいられるならば、もちろん一緒に勉強しているときのようには頻繁に会えないにしろ、会うべきときには同じ気持ちでお付き合いできる、と考えるようになってきて、年々、卒業式を寂しいと感じなくなってきています。

この前 、謝恩会で、ゼミの学生さん達が記念品を贈呈してくださったとき、代表の方が、センセイがいつも楽しそうに話している弘前の卒業生の方々と同じような卒業生に私達もなりたいと思います、というような挨拶をされていて、普通に思い出話をしていたつもりだったはずなのに、何だか比較するような形になって悪かったかなあ、と、ちょっと申し訳なかったのですが、それでも、卒業ということを寂しく感じないのは、今まで続いている卒業生の方々とのお付き合いのおかげなのだと思います。

今年のゼミの皆さんとも、これから、そのようにお付き合いをしてゆくのだろうと思います。

これからのご活躍をお祈りしております。

2016年3月11日金曜日

5年が経つ

震災から5年、私自身も、弘前から埼玉に引っ越して2年が経ちました。最近、テレビなどを見ると、自分が思ったより復興が進んでいなかったのだ、と、感じることが多くあります。前任校では、岩手や福島出身の方もいて、学生さん達から、直接被災された話はなかったとはいえ、実家は高台だったから助かったけど同じ市町村の別の区域は津波にやられた、とか、もうしばらく離れると原発事故の避難区域だった、とか、避難されていたり仮設住宅にいたりする方が親戚や知人のなかにいる、というような話を聞くことはたまにありました。それで、引きこもり気味に暮らしていた私でさえ、そういう様子なんだ、と、何となくでも察することができたのですが、こちらに来ると、そういうことがほとんどなくなってしまい、自分の日常生活がスムーズに経過していると、被災地の復興もそんなペースで進んでいるのだろう、と、知らず知らずのうちに勘違いしていたようです。今回、5年経ったということで特集されている報道で、津波にあった地域はようやく更地になったところだ、とか、いまだに鉄道が開通しないままの区間がある、とか、17 万人以上の方々が避難されている、というような現状を見ると、まだまだ手がつけられていないことが沢山ある段階なのだなあ、と、再認識させられます。

昨日、ここ数年のこの日に書いた駄文を並べてみたのですが、自分の感じていることもあまり変わっていないようです。これからしばらく、割り切れない気持ちを抱えて思い出すのかもしれません。そうでなければよいのですが。

ともあれ、1日も早い復興をお祈りしております。

2016年3月10日木曜日

今日と明日

ごく個人的なことですが、初めて実家を離れて弘前に引っ越したのがちょうど 10 年前の 3 月 10 日でした。右も左もわからない青森で生活することになり、パーマネントの仕事につくのも初めてで、まあ、とりあえずは5年もつかどうかだなあ、と、思っていたのが、実際に暮らしてみると、忙しいながらも充実して、あっという間にその5年が過ぎて、これからもこういう調子で過ごしてゆけるかな、と思っていたその次の日が、 2011 年の 3 月 11 日でした。前の日に感じた多少の感慨は即座にふっとんでしまいました。

それから、2年3年4年と経ち、でも、やはり、時間が経っても、というよりは、むしろ、経てば経ったなりに、割り切れない気持ちがぬぐえないようにも思います。

NHKスペシャルで、「風の電話」という番組をやっていました。心を打たれました。だんだん、震災について扱うときの「お約束」みたいなものができあがってきて、伝え手の独りよがりな意図や都合、おざなりの結論のために構成されたストーリーの中に災害に遭われた方々を押し込めているのではないか、という気がしてならない報道もときどき見受けられるのですが、そういうくさみを全く感じませんでした。いなくなった人に電話をかけるというシチュエーションで初めて口にすることのできた、余りにも重くて大きい、簡単に整理のつけようのない辛い言葉から、あのような形で大切な人と別れて5年を過ごすということがどういうことなのかが、直截に伝わってきました。

例年通り、このアルバムを聴いています。

2016年3月8日火曜日

引っ張りまわす?

青森から、ゼミの卒業生の方が上京してくるという、楽しみにしていた日がやってきました。

ずっと、あちらで先生をしていたこともあり、卒業以来、2年おきくらいにしかお目にかかれなかったことが続いたのが、昨年、青森に行ったときから4か月ほどで会えることになったのも嬉しいことですし、そのときにもいろいろと気を使っていただいたので、今度はこちらの番だとばかりに俄然張り切ってしまいました。 あまり東京近辺に馴染みのないその方に、どこに行きたい? どっちにする?と、聞きまくって、経路を決めようとするのですが、いつもの私の行動パターンが出てしまい、長距離を速足で歩きまわったり、こまごまと地下鉄を乗り換えたりで、あまり東京に馴染みがないその方にとっては、ご自分が、今、どこをどう移動しているのかわからないまま、引っ張りまわされているのだろうなあ、と、苦笑しました。

歩きながら、お互いの近況を知らせ合いました。ブログで何度も書きましたが(笑)、今回、いらっしゃった方を含むお二人が、ニシザワゼミの最初の学生でした。大学以来、理工系の男所帯に居たので、教育学部に赴任することになって初めてのゼミ生が女の子2人になった当初、不安なまま、おっかなびっくりでゼミを始めたのですが、お二人とも本当によい学生さんで、根が単純なニシザワセンセイは、君たちは何ていい子なんだ!!、と感動し、じきに、猛烈におせっかいを焼くようになりました(笑) 学生さん達相手に、細々と策を弄するのではなく、素のままで接すればいいんだ、とわかったのは、私がダイガクのセンセイの稼業を続けていく中で、とても貴重なことだったと思います。今では、すっかり大人になっていますが、当時、私が感激した、心根の素直さや優しさはそのままで成長している様子がとても嬉しく、かつて一緒に勉強したのが懐かしい、というよりは、今の彼女たちに会うのが楽しいという気持ちになります。

午後からは、こちらも去年の11月にお目にかかった千葉在住の卒業生の方とソラマチで合流し、スカイツリーにも上りました。私が初めて弘前に赴任した年、上京してきた卒業生の方が3年生、この方が1年生でした。今回、このお二人が会ったのは久しぶりらしいのですが、一度集まるとすぐに当時の雰囲気が再現され、それが楽しくないわけはないので、誰かが退屈しているのではないか、とか、余計な心配をしなくてすみます。 彼女たちが嬉しそうに話しているのを、ニコニコ(ニヤニヤ?)しながら聞いていました。

夕方、再び東京駅近辺に戻り、帰宅する千葉在住の卒業生の方が帰宅した後、新丸ビルで夕食をとり、1日が終わりました。

とても楽しい1日を過ごすことができました。また、お目にかかれるのを楽しみにしています。そのときは、今回訪れられなかった場所に行きましょう(笑)

2016年2月28日日曜日

気が緩む

前回の更新をした夜、ちょっと寒気がするなあ、と感じて、葛根湯を飲んで寝たら、その晩からオーバーヒート状態になって、熱が出始めました。この前から1か月しか間隔がない、というよりは、むしろ、あれ以来、だましだましやって来たのに、学期も終わって気が抜けてぶり返したということなのでしょう。幸い、授業も業務も入っていない期間だったので、1日、3年のゼミの演習を休みにしていただいて、火曜、水曜と、例の如く、うなされて汗びっしょりになって寝込んでいたら、何とかおさまり、木曜日はおずおずと寝床から這い出て、金曜日から通常営業に戻りました。 

やはり、もうトシでもあるし、健康にも気を配らなければならないようです。今日は天気もよかったので、越谷を散歩してみることにしました。


適当に歩いていたら、由緒正しげな神社にぶつかりました。久伊豆神社という平安時代末期創建の神社で、江戸時代は、近くに鷹狩りに来た将軍も参拝したのだそうです。一時期、平田篤胤が過ごしたこともあるとのことです。







大学の北の方にある梅林公園では、ちょうど花の盛りでした。花粉症用のマスクの上からでも、香が伝わってきます。









自宅からこの辺まで歩いて、6,7キロくらいといったところでしょうか。途中、あといくつかの場所にも寄ったのですが、デジカメのバッテリーへの充電を忘れていて、写真はこれだけということになってしまいました(笑)

休日らしいことができて、ようやく少し落ち着いた気分になることができました。

2016年2月20日土曜日

雨に椿の

かなり激しい雨が降っていました。公園を通り過ぎて椿の花を見た時、不意に
 雨に椿の花が堕ちた
という一節が浮かんで、その後、
鳥籠に春が、春が鳥のゐない鳥籠に。
と、続きの一節も思い浮かんで、何だっけ、これ? と考え込んで、ようやく思い出しました。


   Enfance finie
 海の向こうに島が・・・・・・、雨に椿の花が堕ちた。鳥籠に春が、春が鳥のゐない鳥籠に。

   約束はみんな壊れたね。

   海には雲が、ね、雲には地球が映つてゐるね。

   空には階段があるね。

 今日記憶の旗が落ちて、大きな川のやうに、私は人と訣(わか)れよう。床に私の足跡が、足跡に微かな塵が・・・・・・、ああ哀れな私よ、

   僕は、さあ僕よ、僕は遠い旅に出ようね。


初めてこの詩を知ったのが中学生の頃で、何を言っているのかわからないのに、例えていうならば、ルネ・マグリットの絵みたいな情景が心に浮かんで、妙に胸が締め付けられるような感じがしたことを思い出しました。

どこか、頭の片隅にでも、そういう記憶の断片が残っていたんだなあ、と、不思議な気持ちになりました。

2016年2月15日月曜日

何とか乗り切る

20 日ぶりくらいの更新になってしまいました。

あれ以来、さらに、期末試験や入試業務と並行して、また、新3,4年の学生さんの教採対策やら、勉強の相談が入ってきたりもしながら、卒業研究への口出しをしなければならなくなり(笑)、ばたばたがもつれあって生活していたのですが、ようやく、ゼミ全員の卒論の提出が終了し(笑)、ひとつ、大きな区切りをつけることができました。 

ゼミの学生さん達は、達成感と開放感に浸って(笑)、現在、旅行に行っているはずで、私も、少し前までは一緒に行くと張り切っていたのですが(笑)、直前になって、いろいろと不測の事態がおき、締め切りまでに論文をみるために、ここ1週間ほど、睡眠時間2,3時間みたいな日が続いてしまい、来週以降、新4年生の勉強に支障が出るのもまずいので、寄る年波には勝てず、ということで、断念しました。

そういうわけで、くたくたでありながらも、久しぶりに急かされない気分になって、昨夜、布団に入って、目覚めたら 11:00 でした(笑)。その後も、ひたすらゴロゴロした挙句、そろそろ、活動しなければなあ、と、思って、やおら始めたことというのが、ネットでライブを検索して3つほど予約する(笑)、というような、完全に堕落モードに突入しています(笑)

年度末の業務や手続き、新年度の準備もあるのですが、少しは、春休みらしい気分も感じたいなあ、と、思います。

何となくCDラックに手を伸ばして取り出したのが、このアルバムでした。弘前から引っ越す寸前に購入して、他のCDを荷造りしてしまった後によく聴いていたので、ポール・デスモンドの音色と、その頃の記憶が、私の中では結びついています。

あれから、2度目の年度の終わりが見えてきたのか、と、ふと、思ったりもします。