ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのライ・クーダーのプロデュースによるアルバムが出て、ヴィム・ヴェンダース監督によるドキュメンタリー映画が公開されたのは 1998、99 年頃だったと思います。キューバのハバマ、年老いたミュージシャンが集い、昔の仲間と、小粋に懐かしい音楽を達者に、和やかに、情感豊かに奏でる、その様子が、切々と人生を訴えていました。このように年老いていきたいものだ、と感じずにはいられませんでした。アルバムも映画も大ヒットし、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブは世界中に知られた存在となりました。それから17 年が経つ間に、オリジナルのメンバーのかなりの方々が鬼籍に入られてしまいました。今回、ついに最後のツアーが行われると聞き、せめて一度は生の演奏に触れてみたいと思い、学会終了後、つくばから豊洲までの移動するという慌ただしさにも関わらず、聴きにいくことにしました。
オール・スタンディングのライブは初めてではないかと思います。寄る年波、かつ学会でいくつも講演を聞いてきた後なので、念のため、壁際に陣取り、寄りかかって聴くことにしました(笑)
オープニングからしばらく、ピアノも、男女のボーカルも、オリジナル・メンバーが抜けた後の若い人たちで、どことなく演奏もモダンでした。もちろん、物凄くレベルは高く、これまでの雰囲気を大切にレパートリーを達者に演奏しているのですが、あの、溢れんばかりの切実な情緒や、ノスタルジックな場末感(もちろん、いい意味でですが(笑)) はさすがに醸し出せないよなあ、というような気持ちがどうしても起きてしまいます。オリジナル・メンバーのグアヒリート・ミラバル (tp) は、時々、味わい深い1フレーズを挟むものの、ずっと椅子に座りっぱなしで、さすがにCDで聴いた頃の力強さを期待するのは酷なのでしょう。ラウーを演奏するバルパリート・トーレスが超絶技巧と豊かなフレージングでひとり気を吐いているだけで、やはり、もう、潮時なのかもしれないなあ、と、寂しいことを考えてしまいそうになりました。
何曲か演奏した後に、オマーラ・ポルトゥオンド (vo) が現れて状況が一変しました。登壇したときの足元は不確かでちょっと心配したのですが、力強い、情感豊かな歌声で、ついには、バンドを「あの雰囲気」に染めあげてしまいました。さらに、「さくらさくら」は歌うし(笑)、お客さんのひとりをステージに上げて一緒に踊ろうとするし(笑)、とサービス精神旺盛で、お客さんと共に、このステージを楽しんでいるように見えました。聴衆もヒートアップし、当然、私も、先ほどの不安はどこへやら、いつのまにか夢中になっていました(笑) バルパリートさんの伝説の背面演奏も見ることができ、感激しました。
オマーラさんは途中で一度引っ込んだのですが、終演前に再び登場し、会場が一体になり、クライマックスになだれ込みました。何曲かのアンコールも感動的で、熱狂的にフィナーレを迎えました。
深々とお辞儀をして、オマーラさんがステージを去ってゆきました。これでバンドを締めくくるメンバーの方々にとって、日本での最後のステージが良い思い出になること、これからの日々を穏やかに過ごされることを祈らずにはいられません。
欲を言えば、オリジナル・メンバーのうちに聴きに行きたかった、と、ちょっと残念な気持ちがあるのも否めないのですが、当時の私はこんな贅沢はできなかったのでした(笑) 何とか、最後の最後に間に合い、伝説の終わりの一端だけにでも触れることができたのは、幸せだったと思います。