こけら落としして間もない大手町ホールのオープニングの企画のひとつ、ということなのでしょう。40年にわたり、たびたび共演を重ねてきた大物2人のライブです。前半はデュオ、後半は、2年ほど前に発表された、このデュオとしての最新作 "Hot House" でも共演した弦楽四重奏団、ハーレム・ストリング・カルテットをバックにした演奏という構成でした。
まずは、チックさんの快活さ、天真爛漫な無邪気さが印象的でした。ピアノを弾けること、ゲイリー・バートンや今回のストリング・カルテットと共演できること、日本に来たことが、楽しくてしょうがない、といった風情で、72 歳の年齢で、しかも、私が聴いたのはその日2ステージ目の追加公演だったにも関わらず、演奏に気持ちがこもっていて、疲れの欠片も見せなかったのには感心させられました。
彼についてよく言われていることですが、やはり音色のクリアさが際立っていました。会場が客席 500 ほどのホールで、この前のオーチャード・ホールと比べると、心なしか残響が強い感じもあったので、もっと粘っこいタッチだったら、ちょっときつかったかもしれないのですが、一音一音が明確で、程よい軽さもあり、ヴィブラホンとも美しく均整がとれていました。
"Love Castle" 、 "Alegria" と、以前からのレパートリーで幕を開けた後、スタンダードの"Hot House"、ビートルズの"Elenar Rigby"、ジョビンの "Chega de Saudade" (MCでゲイリー・バートンが話していたのでなるほど、と思ったのですが、二人とも、スタン・ゲッツのグループにいたことがあったのでした。このナンバーはゲッツに捧げられていました)という、アルバム "Hot House" からのナンバー、というのが、前半のラインアップでした。
チック・コリアも凄かったのですが、ゲイリー・バートンもそれを上回るほどにキレキレで、唖然としてしまうようなフレーズの連続でした。彼の演奏を見るのは初めてだったのですが、4本マレットを操って、あれだけのスピードで完璧なハーモニーを重ねて躍動感溢れるフレーズを作るのは信じられないほどでした。なるほど、ヴィブラホンは鍵盤楽器(?)で、かつ、打楽器(?)なんだなあ、と、納得しました。お互いの気心が知れている、というのがよい方向にだけ作用しているようで、マンネリに陥るということは全くなく、それでも、相手の出方に合わせる呼吸はぴったりで、とてつもない集中力が途切れずに続き、ユニゾンの完璧さはハンパない、という感じでした。曲間のMCもリラックスして楽しいものでした。
前半が終わったときに、内心、このまま2人で後半も続けてくれないかなあ、と思ってしまったほどだったのですが、それは、私がこの2人の演奏を聴くのは初めてだったからかもしれません。すでに馴染みのある方には、弦楽四重奏団との共演も新鮮だったのでしょう。ハーレム・ストリング・カルテットも、質が高く、柔軟性に溢れていて、2人との共演も十分聞き応えがありました。
後半は、こちらのアルバムのナンバー2曲、ストリングだけの演奏、今回の編成のために編曲された "Round Midnight" が演奏された後、アルバム "Hot House" の中でこの四重奏団と共演した、 "Mozart Goes Dancing" という、いかにもチックらしい楽しい曲で幕を閉じました。
アンコールでは、チック・コリアの奥さんで、歌手でもあるゲイル・モランが登場して歌う、というサプライズ(?)があった後、2曲ほど演奏がありました。チックさんは終始楽しげに振舞っていて、演奏が終わると握手に応えているうちに客席に降りてしまうほどでした(笑) そういう活き活きとした姿勢が、今日の音楽に瑞々しさを与えていたと思います。
少しだけ残念なことは、"Spain" ほどベタではなくても、"Crystal Silence" 、"La Fiesta"、"Senor Mouse" のような、このデュオで話題になった名曲を(アンコールくらいでは)2人だけでじっくり演奏してくれないかなあ、という期待が通らなかったことですが、これは、むしろ、かつての話題曲に頼らなくてもよいくらいに今の彼らが充実している、という自信の表れなのかもしれません。