2014年5月6日火曜日

キース・ジャレット ソロ 2014 @オーチャードホール

引っ越した後、GWには少しは余裕ができるかも、と期待してチケットをとっておいたキース・ジャレットのコンサートに行ってきました。

楽しみにしていたのですが、少しは懸念がありました。活動停止してしまった、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットとのトリオを聴きたかった、というのが本音だったので(笑)、ソロでのパフォーマンスってどうなんだろう、完全に即興だから、キースの体調や精神状態が不調だったら、盛り上がらないで終わってしまうのかなあ、と心配でしたし、チケットを取るのが出遅れてしまい、確保した席が2階席の一番後ろ、という、ステージから最も遠いところだったので、遠くから眺めて終わり、ということになってしまうのではないかという恐れもありました。とりあえず、行く途中で双眼鏡を買っておきました(笑)

最近は、ときどきライブに行くようになったので、戸惑ったり、緊張したり、ということはさすがになくなったと思っていたのですが、今回は、キース・ジャレットのソロは完全に即興で、大変な集中力を要するので、携帯電話等の騒音は勿論のこと、開演中の入場も禁止で、さらに、傘は席の下におくように(これはどうやら、立てかけたり、どこかにかけておいたりして、演奏中に倒れて音が響くと、奏者の気が散るから、ということだと、後できづきました)してください、とか、いろいろとアナウンスがされ、挙句の果てに、今日はライブ・レコーディングをします、などと放送されたので、もしかして、演奏途中でトイレに行きたくなって会場を出たら、もう入れなくなってしまうのでは、とか、花粉症の薬の効き目が切れてくしゃみを連発すると大変なことになるのでは、とか、いきなり心配事が増えてしまいました。

キース・ジャレットのソロ・パフォーマンスについて、彼が創造のために苦闘するのを、観客が固唾を呑んで見守る、という先入観がありました。 アブストラクトな感じで緊張感に満ちた演奏が始まったとき、やはりそうかと思ったのですが、次のちょっとタンゴっぽい旋律で奏者もリラックスしはじめ、清澄でスローなパート、ゴスペル・タッチのパート、と、次々に局面が入れ替わるにつれ、スムーズに、魅力的な調べが溢れるように沸き出てきました。印象的だったのは、緊張感が高い時間が続くとメロディアスに、緩んでくるとテンポを入れて、と、聴衆の集中力を持続し、注意を逸らさなかったことです。それは、聴き手をコントロールする、というよりは、期待や感情のような会場の空気をインテイクして、それを形にし、方向性を与える、というのが適当なように見えました。

会場の音響も抜群で、時折覗く双眼鏡も効果を発揮し(笑)、ステージから遠くても、疎外感は感じずに過ごせました(笑)

ハートウォーミングな旋律で第1部が終わり、20 分の休憩が入りました。前半でレベルが高くまとまってしまったので、後半、どうするのかなあ、と、思ったのですが、心配する必要はありませんでした。

後半開始時、ゆっくりとした緊張感のあるフレーズを1小節演奏するかしないかのときに、聴衆の誰かが何かを落とすか倒すかしたらしく、かなり大きい音が会場に響き渡り、キースも、弾きかけた手を止めてしまいました。はっとしたのですが、そのとき、いま最初なのだから、と、やんわりと注意する口調もユーモアがあって、ピリピリした様子は感じられず、そのまま、しばらくして、例のうなり声とともに演奏に没入しはじめると、再び旋律の大きな流れに会場中が身をゆだねる形になり、静かな緊張感の高い演奏の次は、急テンポな音階を複雑に構成したパート、アップテンポのゴスペル調のフレーズ、美しいバラード調の旋律と、緩急自在に硬軟とりまぜて、多彩なパフォーマンスが繰り広げられました。

驚いたのは、アンコールを4曲も演奏したことで、しかも、余韻をさらっと楽しむのとは程遠い真剣さで、2度ほど呼び戻されて演奏した頃、個人的には、こんなに集中して演奏して体調でも崩したら申し訳ないなあ、と心配してしまったほどなのですが、3曲目でも、入魂の、圧倒的な演奏を行い、さらにもう1度呼び戻されて、美しい旋律で、見事にこの夜を締めくくりました。こんなに誠実かつ真剣に、聴衆への感謝を示してくれたことには感激しました。

録音されたものが、発表されるのか、お蔵入りになるのかはわかりませんが、私にとっては、心に残る一夜になりました。